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一番近い他人

私事だが、結婚記念日が近い。
と言ったってその事を書こうといういう訳ではない。
今まで、本当の記念日に思いだした事など1度もなく、とっくに過ぎた頃に友人に言われて初めて、そうか、もう何年経った…と思いだす位だ。
結婚というのは確かに本人同士の意思確認が最重要なポイントだが、夫となる相手の両親や兄弟もよく知っておかなければならないと思う。
結婚して当面は良かったが、同居の両親や兄弟によって2人の生活を侵害され、果ては離婚!なんていうのが私の友人の中にも少なくないからだ。
「愛していればどんな障害も乗り越えられる!」なんてのは、10代で結婚して若さで乗り切れるという夫婦や、恋愛ドラマの中の話か、ごくごくわずかの男女に過ぎない…と思うのだがどうだろ?
                                                                      私の場合、社会に出て最初の職場がとにかく女性の多いところだった。
60人位の女性の年齢も10代から40代様々で、結婚適齢期の女性も多く、仕事の合間に結婚論についてよく耳にした。
その中で学んだのは「愛だけでは結婚は出来ない。結婚したその日から夫婦という他人同士の生活が始まる。」という事だった。
それが良かったのか悪かったのか…。
私の場合、“結婚に夢を見てウエディングドレスに憧れる”なんてのは1度もなかった。
今思えば、夫にとっては誠に気の毒な話だ。
晴れの結婚式で隣に座っていたのは、夢見る乙女(そんな歳で結婚した訳でもないが)ではなくて、明日からの生活を想像する現実的な花嫁であった訳だから。
(それに結婚したその頃、仕事がとにかく忙しい時期だったのだ!。新婚旅行に出かける1時間前も仕事の打ち合わせをしていた。)
自分にとって幸いだったのは、結婚してからも現実に打ちのめされるという事はほとんど無かった事だ。
結婚してすぐの日々も想像したとおりだったし、夫との家族とのつきあい方も想像どおりだった。
“夫もその両親も、生まれた環境も違えばみそ汁の味も違う。私とは考え方も何もかも違って当たり前”という考え方が基本だったので、思い悩むこともそうなかったように思う。
ただ1つの誤算は、夫の父(舅)の入院で新婚4ケ月で同居する事になった事だ。
姑と看病のために交代で付き添った事もあり、その引越しさえ一任で実家の母に任せる事になってしまった。
新婚生活のために揃えた家具は、見事に無駄になった…あ~今思っても勿体無い!
舅の入院の際は、身体を拭いたりする事から全てを経験したが、夫の両親との生活において「一枚も二枚も上手だ!」とよく思ったのが、どこへ行っても私を誉めていてくれた事だ。
舅や姑の知人や友人親戚などに会うと、どこでも気軽に○○ちゃん!と声をかけられ、親しく話しかけられる。
とくに舅は70過ぎてもしゃきっとして威厳のある人だったのだが、よく出来た嫁だと誉めていてくれたらしい。
だから、どんな集まりでも嫌な思いをした事がなかった。
私が思うのは、結婚したからといって、夫や両親を無理に家族と思う必要はないのではないかという事だ。
家族と思うからこそ腹がたつ。私も家族なのに…と疎外感が生まれる。
はなから他人と思えば腹もたたない。
他人は他人として、その存在を認めれば良いのだ。
そのうちいつのまにか家族になっているかも知れない。                                       
ズバリ!結婚は他人との同居生活である。

[2006-03-07 14:46]

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