Hくんの退院
一昨日、嬉しい事があった。
娘の幼稚園で親子共々親しくしている家族の、長男Hくんがようやく病院を退院したのである。
Hくんのお母さんのNちゃん(私より10歳年齢が年下なので、ちゃん付けで呼んでいる)は生粋の関西人で1歩も大阪を離れた事が無かったのだのだが、予定外のご主人の転勤についてこの地に引越してきた。
長男のHくんが広い園庭を気に入り、我が娘が通園している幼稚園に入園させたのだった。
静かな印象の彼女とは当初、挨拶程度しか交わさなかったが、偶然にスーパーで出会った際に「毎日夫と子供としか会話せえーへんから、寂しくて寂しくて…」と大阪弁でまくしたてられてから親しくなり、お互いの家を行き来したりする様になった。
一緒に出かける約束をしていた7月のある日、Nちゃんよりメールが入った。
「Hが幼稚園で熱出して、今戻って来たんだけど40℃もあるねん。今日は行けそうにないわ~。」
「子供の急な発熱はよくある事、まずはお大事にね!」と私。
ところがそれから数時間後、H君は救急車で病院に運ばれる事になったのである。
後日、状況を聞いたところによると、朝普通に登園したHくんは10時を過ぎた頃から熱があがり、自宅に連絡が来てNちゃんが幼稚園に迎えに行った昼近くには39度を越えていた。
彼女の顔を見るなり大声で泣き出し、「ママ寒い~しんどいしんどいよ~」と叫んだという。
自宅に戻って間もなく熱は43℃になり、うわ言を言い始める。
救急車で運ばれたHくんはそのまま集中治療室に入り3日間意識が戻らず、大阪の親族が呼ばれた。
「子供の急な発熱はよくあること!」等と安易に言った私はとても後悔し、意識がとにかく戻る事を心から願うばかり…。
4日目、意識が戻ったと連絡が入った。
病名は「急性脳しょう」。
意識は戻ってからも3週間集中治療室から出られず、長い時間意識が無かったため「言語障害が残るかも知れない」と言われ、退院した今でもリハビリに通っている。
この事は別な意味で問題になった。
幼稚園の対応である。
Nちゃんが幼稚園に着いた時、Hちゃんは子供用のイスにただ“座らされていた”という。
40℃の熱と寒さでふらふらになりながら…。
普段穏やかなNちゃんが、担任のM先生に「40℃も熱があって寒いと言うのに、どうして保健室で寝かせてくれなかったんですか!!」と詰め寄り、M先生は「今日は人手が足りなくて…申し訳ありませんでした」と謝ったとも聞いた。
自宅に連絡を入れるのが遅かったのも悪かったと思う。
M先生は大学でも首席で卒業した優秀な先生で、まだ2年目とは思えない行き届いた育児ぶりが幼稚園でも有名な先生だった。
今年度、園児数が急に増えたのも災いしたと思う。
1クラス以上増やさなければならない程の園児数の受け入れに、春休みには園内の大規模な改築が行われ、普段先生方のフォローをしているベテランの事務の先生がいる職員室が以前より離れたところに移り保健室も小さくなった。
Hくんが具合が悪くなった時間に、保健室の2つのベッドの1つではインフルエンザで寝ている園児がおり、移るといけない…と配慮したつもりらしい。
幸い、言語障害が残ると言われたHくんは、回りの心配をよそにすっかり元に戻ったようにも見える。
夏休み明け、この件は幼稚園でも大きな問題に発展するだろう。
若くても一生懸命だったM先生と、毎日リハビリするHくんをみる度に複雑な心境になるが、今はHくんの元気な姿を1日も早く見たいと願うばかりである。
[2006-08-17 10:53]