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どうして?

毎日毎日、テレビで流れるニュースは目を疑うようなひどいものばかり。
年の瀬という事もあり、これから毎日、センセーショナルなニュースばかりが取り上げられるのでしょう。

その中でもやはり目を引くのは、「教師の不祥事」「いじめ」「虐待」「自殺」というキーワード。何て悲しい文字たち!
本来、子供たちの憧れ・畏怖の象徴であったはずの教師という存在は今や、こともあろうにいじめ側に回ったり、性犯罪に手を染めたりと、常識の範囲を超えてしまったようです。
私の「先生」というイメージは、小学校でも中学校でも、怖くて、厳しくて、時には頭をたたいたり「アホッ」と怒鳴られたりするのが当たり前!しかしどんなに怖くても誰かが怒られても、立たされたりしても、先生は先生。頼りにしていたし、卒業時や学年が変わる時は悲しくて泣いたものです。今は?先生の存在って?もはや存在すらあまり見えてこないような感じが、とても不思議で不安でもあります。その上、怒るのではなく「いじめる?」「子供を性の対象として?」全く考えられません。そりゃ、感情のある人間ですから、気分が悪い日があったり贔屓などはあるかもしれません。でも、子供をいじめるなんて・・言葉が出てこなくなります。全ての教師がそうではないと思います。けれど、あまりにもひどい日々の事件には、今後全ての教師を尊敬の気持ちで見る事ができる日がくるのだろうか、と疑問にさえ思います。子供たちと接するという事は、その子の人生の一番キラキラした時期を請け負う、という事だと思うのです。どうか先生方、そのすばらしい瞬間を大切に子供たちと過ごしてください、とお願いの気持ちで画面を見つめてしまいます。

他のキーワードに関しても、最近はさらっと聞き流したりできなくなる話題ばかりです。皆の心がガラスのようになってしまったのかなぁ、割れやすく割れたら最後、すぐ突き刺さってしまう。修復はできないのでしょうか?心が凍りつきそうなものばかりで、1つ1つコラムに取り上げて文字にする事すらきつくなってきました。

6月に亡くなった私の祖母が、ひどい出来事などをニュースで見ると必ず、「世は末じゃ」と冗談ぽく芝居がかった言い回しで嘆いたものです。ますますひどいニュースを見聞きしたら祖母は何て言ったのかな、と考えてしまいました。
でも・・人間は人間。必ず誰かは味方であり、手を携えてくれる人は居ますよね。「絶対」その手の温もりを信じて、「世も末じゃ」→「でも捨てたものじゃないよ」に変えていきたいものです。

次回のコラムは、もっと楽しい話題ができますように・・・!

[2006-12-10 15:12]

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