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2008年04月20日

あた~り~!

このコラムを見ている人達からよく言われる言葉がある。
「コラムのネタになるような出来事がよくありますよね…」。
このコラムを一緒に担当しているホワイトムーンの彼女からも、
半分呆れて?半分感心したように?この間も言われたばかりである。
ん~確かに…自分でもよくネタになるような経験をよくすると思う。
私の場合は、よくいう“自分に限ってそんな事はない”というのが
不思議と当てはまらない。
回りくどいので言い直すと、“自分に限って…そんな事はある!”のである。

その代表的な出来事が高校時代の事。
当時私は某部活動に精を出しており、その部は全国大会の常連でもあった。
忘れもしない高校1年の夏、全国大会で宇部市を訪れた。
高校生でも感動する程の、倉敷の美しい街並みに酔いながら全国から集まる
強豪と腕?を競っていた。
4日間行われる大会の2日目、大会本部より連絡が入り、いくつかの学校の
控室が泥棒に入られたとの事。
大会などで各地に出向く際、私のいた学校では控室に必ず留守番係りを置く事に
なっていたので、「自分の学校に限って泥棒に入られるはずが無い!」と、
私以外の誰もが確信していたと思う。
念のためと、大会会場より全員控室に戻って各自の荷物を確認する事になった。
それぞれが荷物を開き、当然あるはずのおサイフの行方を確かめる。
私も荷物の中から自分の見慣れたおサイフを見つけてホッとした。
ところが…「えーっ中身が1枚もないよ!」誰かが叫び、続いて「私も!」という
声があちこちから上がる。
震える手で(大袈裟かも)中を開いてみると…無い!無い!…声には出さなかったが、
心の中で私も叫んだと思う。
あるはずの紙幣は1枚も無く、小銭だけが残されていた。
荷物係りが控室からトイレの為に離れた数分の間に、見事に泥棒に入られたのである。
全国大会ではるばる来た高校生のサイフを狙うとは、今思っても腹が立つ!
大会終了後に倉敷の観光を予定していた私達は、持参してきたお金をほとんど
使っていなかった。
他の学校の生徒もおそらく同じだったと思う。
翌日、大会本部より盗まれた金額が全員に戻された。
詳しい大人の裏事情は分らないが、そういった保険があったのかどうか…。
ともかく泥棒事件の印象が強すぎて、せっかく倉敷まで行ったのに倉敷の良かった
ところを今でも思い出せない。
思えばこの時も、自分に限って…は通用しなかった。

この3月、私に限って…と思っていたのに、また通用しない出来事があった。
テレビで「今日、ねんきん特別便の最終便が郵送されます」と聞いた翌日。
私にも届いたのである…“ねんきん特別便”が。
不明になっているのは、就職した会社を退職して学生生活を送った期間の年金で、
領収書と言われればすでに●十年近く前の事なので何とも言えないが、
アルバイトをしながら払っていたので、未納のままにしていたとは考えられない。
ご記入の前にまずお電話を…と書いてあったので、即座にねんきん特別便専用ダイヤルに
かけてみたが、朝昼晩いつかけても話中である。
昨晩見た番組の中でも、ねんきんの相談の受付をした人が、「今受付したのに
8月まで待たなければならない」と怒るどころか溜息とともに呆れていた。
手軽な電話での問い合わせがずっと話し中というのも頷けた。

今年は特に色んな事にある意味ついている。
宝くじやtotoなど買ったことが無いが、今年ならもしかしたら“大当たり~”
になるかも知れない。
1度買ってみようか?
真剣に思う今日このごろ。

投稿者 creat : 15:11 | コメント (0)

2008年04月16日

感性も訓練だ!

私が出社して自家用車を停めている駐車場は、神社の中にあります。

そこは、日常から少しだけ離れた静寂の中にあり、ここに馴染みのある人々にとってはとても穏やかな空間です。
私たちはいつもバタバタしていて、神社の中にある木々の様子が日々変わっている事など気づかずに過ごしているものです。
今朝、車の上に大きな枝がかかるサクラの木が満開になっていました。

桜

ここ何年か、携帯で撮影するのが定例になっている私。今日もすぐにパシャ。
「今日しかない」、この花の様子にしばし心もホッとした感じでした。
よって・・今日は素敵な日だな、と思えそう。

しかし普段の私は、相当の慌て者&心に余裕を持たずに生きてる感じの人間。という事は、よく素敵なものを「見落としている」つてこと?? あー、もったいない。
昨日の夕暮れ、息子と近所を歩いていた時のこと。薄い水色と紫がかった空にかかる、まだほの白い月を見上げて、息子が「ほら、おちゅきさま、すごくきれいだね~」と言うのです。ホントだ。よく見ていなかったなぁ。
小さい時は、草とか星とか月が、とっても身近なのですね。
感性・・・。それは失いたくないもの。
感動する気持ちがなくなったら、私は終わりだと思っています。
失いたくないのなら、訓練も努力も必要。それにはまず、一日一回の「非日常の感覚」を
課題にしますか。人間に生まれたからには、素敵と思えるものを発見する義務がありそう。
その感覚を手帳に記しておく・・・。うん、いいねこれ。やってみます。

投稿者 creat : 12:31 | コメント (0)

2008年04月13日

子供の背中を見て教えられる

子は親の背中を見て育つとよく言う。
私の場合、子供の背中から教えられる事も日々多い。

先日、息子の担任の先生の離任式での事。
お世話になった先生に小さな花束をと思い、数本の花を買った。
その中の1本がすでに痛んでいたようで、たくさん付いている
小さい花がポロポロとこぼれてくる。
そそっかしい息子の事、学校に着いた時には花が全て落ちていた…
なんて事を考えて、その1本を外して花束を作る事にした。
息子が登校して間もなく、娘が起きてきた。
キッチンに放置された花を見て娘は「このお花もらっていい?」と聞く。
「いいよ」と答えてから私はしばらく花の事は忘れていた。

夜、仕事から戻った夫が手を洗いに洗面所へいった。
「奇麗なお花だね」と呟いているのが聞こえる。
花?洗面所に花なんか飾ったっけ???そう思って見に行ってみると、
そこには娘にあげたあの1輪の花が、ガラスの器の中で気持ちよさそうに
咲いていた。
びっくりしたのはその花の生け方だ。
ガラスの四角い小さい器はもとはケーキが入っていたもので、
私はいつもその中に、大内宿を訪れた時に買い求めた1輪差し用の自然石の
けんざんを置いて花を生けていた。
どこに仕舞ってあるかも教えていないのに、娘はある場所をちゃんとわかっていて
同じように生けたのだ。
「ある場所よく分ったね。ママが飾るのと同じように飾ったんだね。」
私が言うと、、
「だって、このお花まだ飾れるでしょう?こうやって飾ればきれいだもん」
娘は答えた。

投稿者 creat : 12:20 | コメント (0)

2008年04月09日

クラクション

車の事故というのはそうあるものではない。
そう年中あっては困る。
先日の事、そうあって困る事が起きた。

それは休日のある日、買い物帰りの自宅まであとわずかな道のりでの事。
運転席に座る夫はその日に限っていつもとは違う道を通っていた。
左折してすぐ、前を走っていたエスティマが突然止まった。
エスティマの前の車と並列して止まり、車の窓を開けて話をしているようである。
2台の並列した車で道は塞がれ、こちらも止まらないではいられなくなった。
そこで…普通ならクラクションを鳴らす。
私なら鳴らす!
「クラクション鳴らしたら!」急かす私にわが夫ときたら妙に落ち着き。
「今動くだろ、鳴らさなくとも気づくさ」と言った。
次の瞬間、前のエスティマのバックランプが着くやいなや、猛スピード?
でバックし、うちの車に激突した!
家族全員、バックランプに凍りつき「えーっ!!」と言ったのが早いかぶつかった方が
早かったのか?!
とにかく、突然ぶつかった。
幸い子供達はシートベルトをしていたし、ぶつかる気配を子供なりに感じたらしいので
どこかへぶつける事も無く、驚きで娘が泣く位のものだった。

よくよく聞くと、エスティマの前の車がウインカーも上げずに突然曲がったり急ブレーキ
をかけるので、エスティマの運転手が腹を立てて話をしていたらしい。
下りて話をつけようと前の車の後ろに車を止めて道を空けようとしたが、
私達がついていたのに気づかなかったのだ。
前の車への怒りが加わって、バックするのにも勢いがついた?!
普通、追突は前の車にするものだが、前の車から追突されてこれほどの衝撃を受けるものとは
知らなかった!
夫の第一声は“こんなに強くぶつかっても、エアバックって開かないものなんだな…”だった。
幸い、衝撃のわりに車への損傷も思った程ではなかった…少なくてもその時はそう見えた。
後で聞いた話、見た目は若干の傷だったが、実際はバンパーは全て交換しなければならず
ボディーへも損傷があったとの事。
安全面を考えて、多少なりとも頑丈な車を選んで乗っていて良かった…と初めて思った。

警察への事故報告の後、夫は“危ない時はやっぱりクラクションを鳴らそう”とぼそっと
小声で呟やき…
“当たり前だ!クラクションは危険を知らせる為に鳴らすもんだ、危険な時に鳴らさないで
どうする!”声を大にして私は言った。
クラクションを鳴らす際の当り前の認識である!

投稿者 creat : 09:51 | コメント (0)

2008年04月06日

着飾ってみても

卒園(卒業)と言えば、その後はお決まりの歓送迎会である。
我が息子と娘の通園した幼稚園では、例年クラス毎にこじんまりと…というのが
原則だった。
あるクラスはイタリアンレストランで、あるクラスは小料理屋で、またある
クラスでは無礼講の居酒屋で!!
かしこまる事なくしてきたのだが…。
今年はイベント好きの役員衆の思いつきで、学年オープンで歓送迎会をする事
となった。
付属幼稚園はじまって以来の事だそうだ。
場所も市内でランクダントツ1位の某ホテル。
しかも立食パーティーという。
わが夫などは「下手な場所でするよりずっと良いだろ?」と言った。
そりゃ、背広を着ていくだけの男性陣にとっては、着ていく服装を考える必要も
なくかえって楽かも知れないが、女性はホテルのパーティーに普段着で行けるはずもなく、
この企画が決まってから、幼稚園でも保護者が顔を合わせるたびに
「何を着ていく???」の会話になった。

当日、時間ぎりぎりに会場に付いた私は、当然の光景に頭がクラクラした。
普段見慣れるここ一番の洋服で飾った馴染みの顔ぶれ…。
バブル期に建てられたこのホテルは、どこもかしこも上質仕様なのが売りもので、
ひときわ派手で煌びやかなシャンデリアの会場は、シャンパン、ワイン赤白、ビール、
日本酒から、ソフトドリンクまで何でもあり、1人1人の好みに合わせてバーテンが
カクテルを作っている。
会場の両脇にはホテル内で有名な中華料理店の看板メニューがずらり。
その華やかな中で緊張気味の若干23歳の娘の担任の先生の顔が見えた。

シャンパンでの乾杯の後歓談が始まったが、いくら着飾っても女性はやはり色気より
食い気である。
気づくと料理の並んだテーブルが見えない程人が集まっており、30分もすると
立食パーティーの筈が皆椅子を持って着席し、しっかり食べる事に集中している。
話に夢中になった私はほとんど料理には手を付けなかったが、10種類以上の
スイーツだけは見逃さない。
当然の事ながらホテルメイドなのでどれも凝ったスイーツで、甘いもの好きの友人と
コーヒー片手に少しずつほとんどの種類を頂いた!
“最後位は無礼講で!”を望んでホテルでの謝恩会に否定的だった私も、たくさんの
スイーツです~っかりご機嫌になった事は言うまでもない。

さて、どんなに着飾っても人間の本質とはそうは変わらない。
酒癖の悪いのは上品な服装をしていても悪いのである。
この日、いつもとは別人のAさんは、言葉遣いも上品にお洒落にカクテル
等を口にしていた。
時間の経過とともにテンションが上がり、まず声が大きくなってきた。
各クラスの出し物が始まると、すかさず“よっ!”などとあいの手を入れる。
そのうち、アルコールをぐい飲みすると、担任の先生の隣の席を無理やり陣取ると
先生の手をとって泣き始めた…。
こうなると性質が悪い。
慰める先生に抱きつきオイオイと泣く。
引き離しても引き離しても抱きつき、最後には数人がかりで引きはがされた。
また抱きつこうとするところを、「先生がいつまでも帰れないよ」と私から諭され…
泣きながら「そういう気の利いた事をいうあなたが好き!」と今度は私にしがみついた!
この騒ぎで、感動の涙で見送られるはずの担任の先生は、追い立てられるように帰るはめに
なってしまった。
本人が覚えているかいないかはわからないが、いい加減分別のつく大人の飲み会。
マナーは大切とまたもや勉強させられた歓送迎会となった。

投稿者 creat : 13:30 | コメント (0)

2008年04月03日

勇気ある投書

先日、実家に遊びに行ったときの事です。雑談をしていた母が、「そうだ」と思い出したように、食卓の上にあった朝日新聞を私に手渡しました。
読め!とぱかりに差し出した部分は、一般の方からの投書欄。そこには、実名・年齢入りで「食品の偽装」についてのいわば、暴露みたいな事が書いてありました。
その人は、文面からしても大変真面目な人、というのが窺え、考えた末に覚悟の上で投書したような雰囲気。
その人は、自分で店舗を持ち、和食の板前としてやってきたが事情があり店をたたみ、和食レストランに就職したというのです。
果たして彼がその厨房で見たのは、腐りかけた魚は調味液に漬け込んで加熱し、「国産新鮮食材使用!」とうたっておきながら、冷凍庫には中国野菜や刺身が山積。それなのにその店は大変流行っているというのです。更に、出入りの食材業者は「もっとひどいところはたくさんある」と話したというのです。彼は、板前としてのプライドもあるでしょうし、そこでやっていく自信をなくしたという内容でした。
母は、最近外食も結構楽しめるようになった息子の話をしたので、途端に心配になったようです。
元々私は、祖父母との三世代の中で育ち、働く母に代わり、家族の食事は祖母が腕を振るっていました。和食にしても洋食にしてもおいしいし、盛り付けも上手だなぁ・・・と孫ながらに思っていました。「家で食べるご飯が一番!」というのが祖母の口癖でしたから、家族での外食の機会は、滅多にはなかったように記憶しています。
しかし、一人暮らしをしたり、結婚したりすると、「外食嬉しい♪」というように変化してきて、自分の中での「おいしい店」というのも増えていきました。
そして今、自分で作るご飯+外食の快感も捨てがたく、時には息子を連れてファミレス等に行くようになったのですが・・・・。

確かに厨房で何が起きているかは、私たち客には見えないところ。
嬉々として食事をしたその中身が、農薬漬けだったり腐りかけているものだったりしたら・・・。
外食産業とはそんなモノだと諦めるしかないのでしょうか。
そんな店は一部?それともほとんど?
悲しいけれど、「そういうものだ」と諦めて生きて(食べて)いくべきなのか。それとも祖母のように徹底して家庭での食事にこだわるか・・・。(今やその家庭で使う材料も怪しい!)
うーん、結構外食好きな私としては悩みます。

ともかく、勇気ある新聞に投書したその人が、自分の仕事にプライドを持っていける仕事口が見つかる事を、一読者として祈りつつ・・。

投稿者 creat : 17:01 | コメント (0)