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2008年05月29日
救世主
それはあまりにも突然。
ゴールデンウイーク明けの朝の事。
4月に小学校に入学した娘が「今日は学校お休みする」と言う。
「どうして?と聞くと、給食が美味しくないの…残しちゃいけないんだよ」とポツリ。
「でもね、幼稚園と違って学校は簡単にお休みしちゃいけないんだよ」
目でも訴える娘の手を引っ張って、強引に玄関の外へ押し出した。
翌朝、「お腹が痛くて給食が食べられないから、学校お休みする」。
今度はランドセルを背負ったまま、ガンとして玄関から動かない。
「遅れる!」とせかす息子を先に行かせ学校の昇降口まで送ったが、
娘はただただ泣くばかり…。
仕方なく教室まで担任の先生を呼びに行き、担任の先生の顔を見て安心したのか
ようやく教室へ向かった。
さらに翌日、ランドセルどころかリビングの隅に立ったままてことも動かない…。
この日も昇降口まで先生に迎えに出てもらっったが、「ママ~ママ~!!」
と泣き叫び、先生の手も振りほどいてこちらにかけ出さんばかり…。
「じゃあね!」娘の声を背に、軽く手を振って振り返らずに自宅へ戻った。
4日目の朝、ソファから動かない!
「絶対に行きたくない」と言う。
さすがにこの日は学校を休ませ、ゆっくり話を聞くことにした。
(先生とは給食について話もし、残しても多少目をつぶってもらう事にした)
「本当に給食の時間が嫌で行きたくないの?学校で嫌な事でもあった?」と私。
「ううん、ママと離れたくないだけ…」と娘。
そう、これこそ正しく5月病。
それが証拠に、学校から帰ってくる時は朝の出来事がまるで嘘のように元気に帰ってくる。
これといって理由がないのでまずはほっとし、翌日から頑張って学校行ってみようねと
約束した。
5日目、ランドセルを背負ったものの「行きたくない」。やっぱり涙…。
この涙に負けてはいけない!と「じゃ、登校班の集合場所まで一緒に行ってあげるね」
娘の手を引いて集合場所まで行ったが、「行きたくない」と私の手を離さない。
そばで見ていた息子は「みんなに迷惑かける、行くぞ!」…無理やり引きはがそうとする。
「いや、行きたくない!」と押し問答。
日頃から娘(妹)に厳しい息子は真っ赤な顔で叱咤する。
私は息子の手を取り、「お兄ちゃん、今日は学校まで手をつないでいってあげて!お兄ちゃんが
付いていてくれたら大丈夫だから。」
怒る息子に無理やり娘の手を握らせた。
息子は、泣きながら振り返る娘の手を引くと、登校班の列から遅れて歩きだした。
立ち止まっては何度も娘の顔を覗き込み、何か言い聞かせている…。
そして午後、いつもの通り娘は元気に帰ってきた。
「あのね、お兄ちゃんが学校に着くまで“大丈夫だからな、お兄ちゃんも登校班のみんなも
一緒だから”って何度も言ってくれたよ。昇降口から教室までもずっと付いてきてくれたの…
でね、授業の合間も何度も教室に“大丈夫か?”って来てくれた!」
日頃は優しいというには程遠い、妹には厳しく意地悪ばかりの兄。
親からみても“もう少しお兄ちゃんらしく妹の面倒見てくれたら…”と溜息ばかりなのだが、
妹の窮地を救ったのは他ならぬこの兄だった。
本人も学校から帰るなり、「今日、何回も教室に様子見に行ったけど、あとは泣いてなかった!
大丈夫だったよ」と誇らしげに言った。
以降、あれ程毎朝「行きたくない!」と泣いていた娘の5月病?はピタッと治まった。
今では「お兄ちゃん、遅いから先に行くよ!」と兄をせかして元気に登校している。
妹にとっては、、迎えに出てくれる担任の先生でもなく、優しいパパでもなく、
ましていつも一緒にいる母親の私でもなく、救世主となったのは“お兄ちゃん”
だったのである。
娘ばかりか、親の私達も息子に助けられた。
この日から、気のせいか兄妹の関係も微妙に変わった気がする。
「お兄ちゃんが意地悪する」と訴える娘の言葉も少なくなったし、
二人の会話の中にも表情にも兄への信頼が見てとれる。
私も息子を見る目が変わった。
上辺だけの、娘に接する態度だけで息子の気持ちを判断してはいけないと。
普段は表に出さない息子の心にも、“兄”として妹への愛情がちゃんと育っているんだと。
今日も学校から帰ってくるなり宿題のプリントをめぐって言い争い。
まっいいか、兄妹なんだから…。
そう思えるようになった私が一番救われたのかもしれない。
2008年05月28日
卑怯なおべんと
先日、ネットか新聞かで斜め読みしたところ、アメリカ(多分)のとある研究所での発表で、「専業主婦は年収に換算すると1,200万円」と出ていましたよ!!
それくらい大変なんですねぇ・・・。これは、完璧にこなしての家事なんでしょうけど、であれば私はいくらなのか?
考えれば考える程、安っぽい値段しか思い浮かばないので、いっそ開き直り、手抜き主婦の象徴である「卑怯べんとう」の紹介をしてしまいましょう。
以前から主人のお弁当(時々自分の分も)を作ってはいますが、ものすごく凝った内容のものは作れなくとも、「貧相には見えないお弁当」には多少自信がある私。
数年前から『ヨシケイ』という配達してくれる食材屋さんを愛用していますが、その中のアイテムに「簡単お弁当セット」というのがあったりして、本当に助かっています。
それらを取り混ぜた、名づけて「卑怯べんとう」。
以下、時計回りに卑怯おかずの紹介です。
・メインのソースかつはヨシケイでチーン!
・鮭はほぐして(たまに、ほぐし身を買ったりも)マヨネーズをかけてアルミカップのまま魚焼きグリルに突っ込み30秒。
・ ソーセージをフライパンで転がす。
・ みかん(風邪引きの息子の為に買ったが「食べない!」と拒否された)半分。
・ ヨシケイしゅうまいをチーン!(その後軽く焼くと手がかかったように見える。)
・ 玉子焼きの予定が、気づいたら卵をかき混ぜていて、結果、粗い入り卵。
・ 近所のおじさんから頂いた、取れたて小松菜のおひたし(すりゴマかけ)
・ ご飯は、時節柄梅干でガードして、息子のアンパンマンふりかけをくすねてON!
以上のようなメニューが多いですねぇ。前日残り物も含めて。
主人に「お弁当おいしかったぁ?」と聞いてみれば「買うの面倒だからあるだけでありがたい」ですと・・・。あるだけで??カチン!ときましたが、毎度完食だからいいか。
ちなみに、お弁当箱の色(入れる側)は、黒・赤がおかずが美しく見えます。同じ内容でも、透明箱の私のより、黒い箱の主人の方が若干旨そうに見えるので。
そしておかずの色は、赤・黄・緑・茶あたりが入っていれば安心な配色ですね。
どなたか他にも卑怯ネタがあれば、こっそり教えてくださーい。
2008年05月22日
マンガの魅力
最近ブームのネットカフェ。
“ネットカフェ難民”などという流行り言葉も生み出しているが、
私が書きたいのはネットカフェではなくて、ネットカフェによく
併設?されているマンガコーナーのマンガの事だ。
私自身はここ何年かマンガの本とは無縁だったのだが、
我が家でもマンガの本が秘かなブームになっている。
まずは我が息子。
始めは夫が買い与えている“ドラえもん”がきっかけだった。
夢のある?マンガの本を…と、折を見て1冊づつ買ってきたドラえもん。
この1冊づつがポイントで、少しづつ増えてきたドラえもんも今日聞いてみたら
全巻45冊全て揃ってしまったんだそうだ。
どうりで、近頃ドラえもんの登場が無い筈だ。
(余談だが、夫自身はサザエさんが大好きで昔からのマンガの本を集めている。
何でも、家族のたわいもない日常を面白おかしくほのぼのと描いているのが魅力とか。)
最近集めだしたのが“キン肉マン”。
私にはあまり馴染みが無いが、キン肉マンのマンガの歴史は30年になるという。
息子の仲の良い友達がまずは興味を持ち、友達のお父さんが子供の頃大好きだったという
ところから親子でブレイク!
我が家にも波及して、今では毎日のように本を開き夫とキン肉マンで盛り上がり、
昔も流行ったという“キン消し”←キン肉マンに出てくるキャラクターの形をした消しゴム
を1つまた1つ増やして、キン消しの入った箱をどこにでも持ち歩いている。
娘が集めているのはちょっとマイナーな“しずくちゃん”。
マンガの本の種類はたくさんあるのに、なぜこのしずくちゃんが好きなのかは
不思議なところだが、不思議キャラ?の娘ならでは。
しずくの森のしずくの形をしたキャラ達の物語で、主役のしずくちゃんを中心に
アセオくん、うるおいちゃん、はな血くん、アロマさん、ミネ夫くん、など
しずくになりうる名前の付いた個性的なキャラクターが揃っている。
普段は兄妹と年中ケンカし、やたらと賑やかな我が家が???と思うくらい静かな時は
必ず二人ともマンガの本を開いて読みふけっている時で、二人の集中力はこの時間に
養われているのか?と思う程何十分も読んでいる。
さて、マンガの本は大人をも魅了するようである。
先に書いたネットカフェで何千冊もマンガの本を揃えている所もあるそうだが、
以前家族で行ったアミューズメント施設で驚いた事があった。
普通のゲームは勿論、ボーリングやスポーツ、子ども向けの巨大な遊具がある大規模な
その施設で、一番の凄い混みようだったのがマンガの本のコーナー。
革張りのイスやマッサージチェアなど、思い思いのイスで寛ぐ大人が皆夢中でマンガの
本を読んでおり、その混みようは中に入るのがためらわれる程だった。
マンガの本を読むのに大人も子供も無いのだ。
つい昨日も娘の所に遊びに来たお友達に「いつもはおうちでどんな遊びをしているの?」
と聞くと、「いつもマンガの本を読んでいる」と言う。
「学校の図書館みたいにマンガの本があるの。ママがね中古の本やさんでまとめて買ってくるの。
私が一番大好きなのは“ときめきトウナイト!”」
それってお母さんの好みよね…私が子供の頃に流行っていて、アニメにもなったもの(私の心の声)…。
長身でモデル並のマスクとスタイル、卒園時の園児の親が書いた文集でも、もしかして作家にでも
なれるのでは?と思える位の文書力で話題になったその子のお母さんに、よもや
マンガの本の趣味があったとは…意外や意外。
子供がマンガを読むのには賛否両論だが、もしかするとマンガの本読みも悪くないのかも?
今度マンガコーナーを覗いてみようか?
……まてよ、もう一度読んで見たいマンガの本って?
ん~マンガの本に夢中になったのって、あまりにはるか彼方昔の事で…
いくら思い出しても思い出せない…
読みたいマンガの本にたどりつくまで時間がかかりそうな気がするーっ!
2008年05月20日
生徒は先生を選べない
新学期がスタートして1ヶ月半。
我が家に…正確にはわが息子に大きな変化があった。
担任の先生が変わった事である。
始業式の日、息子はいつになくはしゃいで帰ってきた。
“今度の担任の先生は男の先生だよ!”。
翌日はさらに興奮気味に帰ってきた。
“今日は放課後先生とドッチボールをして遊んできた!”。
息子にとっては、男の先生も放課後一緒にドッチボールをして
くれる先生も初めての経験だった。
ところが…保護者に宛てた学校からのプリントにはこう書いてあった。
「4年3組の担任の代用教員について」。
そう、息子が興奮して話した先生は代用教員だっただ。
本当の担任は女の先生で、昨年より体調不良の為長期療養しており、
4月の新学期には復帰する予定だったのが、8月末まで復帰が伸びたとの事。
代用教員の先生は8月末で終わってしまう事、本当の担任の先生が戻って来ても
来年3月までで、4月になればクラス替えでまた変わってしまう事などを考えると
親子ともがっかりせずにはいられなかった。
ところが…悲劇?はそれで終わらなかった。
ドッチボールをした翌日から男の先生は学校に来なくなってしまったのである!
2日過ぎ、3日過ぎても先生は学校に来ない…。
その間、校長先生教頭先生をはじめ、数人の先生が入れ替わり立ち替わり
クラスを見てくれ、授業が無いまま自習のプリントだけが毎日増えた。
1週間過ぎても体調不良が理由の先生が学校に来る事は無く、授業が進まない息子の
ノートは白紙のまま!!
さらに2日後、初めての授業参観日を迎えた。
この日はPTAの懇談会も予定されていたので、当然息子のクラスの話も出るだろう。
娘の初めての参観日という事もあり、“今日は何が何でも行かなければならない!”
私は朝から気合いが入っていた。
がしかし…朝から下の娘が気分が悪いという…幼稚園から1年生になっての慣れない毎日。
精神的なものだろうと、なだめたりすかしたりしながら学校へ送り出した。
数時間後、一本の電話が鳴った。
ナンバーディスプレイで見ると学校からである。
すぐにピンと来た。
案の定、娘の担任の先生からだった。
登校して間もなくから何度も吐き、午後の参観日まで様子を見ようと思ったが、具合が一向に
良くならないので迎えに来て欲しいとの内容。
取るものも取りあえず保健室へ向かうと、靴下やズックまで汚してしまった娘は裸足にスリッパ
を履き、真っ白な顔をして涙くんでいた。
生まれてこのかた、吐いて大変だったという記憶がない位に激しい嘔吐とは無縁だった娘は、
保健室を出て車に向かうまでも何度も吐き、娘の話もよく聞かず大人のエゴ?で
無理やり学校に出してしまった私は心から後悔した。
結局、この日私は懇談会へも出れず、娘は流行りの感染性胃腸炎で下痢に嘔吐に高熱に…でそれから
4日も学校を休んだ。
後で聞いた話では、息子の担任についてやはり校長と教頭から説明はあったが、代用教員の先生の
病名はいまだにはっきりせず、復帰まで1週間になるのか2週間になるのか分らないが、何とか
ご了承頂きたい…という話だったそうだ。
何人かの保護者でで職員室に行き、“子供達の授業の進行も含めきちんとした対応を”と迫ったが
何の回答も得られなかったと聞いた。
(○○くん(我が家の息子の名前)のお母さん(つまり私!)が居なかったから、言いたい事の半分も
言えなかった!と口々に詰め寄った保護者が言っていた…と人づてに聞いた)←私はクレーマーか?
そして、昨日、4年3組の担任について…もう1度プリントが入った。
「代用教員の先生は長期療養の必要がある為、この度退職する事になりました。担任が復帰する
8月末まで図工の○○先生が担任し、理科は校長、音楽は教頭が担当します」との事。
よくよく聞けば、長期療養中で8月末に復帰する予定の担任は、前々年度6年生を受け持っていた当時
生徒からのいじめにより不登校になって休職中という!
心配になって学校に様子を聞きに行った保護者は、新年度の係りの貼り紙や生徒たちの作品など、
賑やかに飾られ新年度の希望に溢れる他のクラスと対照的に、貼り紙1つ無く閑散として寂しい
息子たちのクラスを見てがっかりし、こう呟いていた。
“でもさ、長年担任持っていなかった先生に8月末まで担任しろって言っても、やる気も起きないよね”。
小4からが大事な時期…とよく言われるのに、本当に今、不安である。
だからと言って、先生を生徒は選べない。
“校長先生や教頭先生に授業を教えてもらえるなんてそうないよ。一生懸命勉強して、
校長先生に早く名前をおぼえてもらったら!”
私が息子に言えるのは、悲しいかなこれ位だ。
私がクレーマーにならないで済む事を、自分自身で祈る日々である。
2008年05月09日
視線
少し前のある日。
お客様の敷地で、測量をさせて頂いてました。
設計部のS部長と一緒に敷地内を歩き廻り、様々な部分の測量を終え、日が暮れつつある事で片付けを始め、新たな図面を描くことでの打合せをしていた瞬間。
確かに「視線」を感じた私。
少し冷たくなってきた空気のせいかな?と周囲を見回すと、道を隔てた隣家の窓に数匹の猫がこちらをじっと見つめています。
そうか、と笑顔になったものの、もっと違うところからの視線である事に気づき、再度周囲を見回してみました。
すると・・・
足元に彼らは居ました!
私はその彼らに思わず目を奪われてしまったのです。
彼らは、本当に「二人で」私に何か話しかけているように、首をかしげながらこちらを見上げます。
「どーした!君たち!」と思わず声をかけた程「擬人化」したパンジーは、夫婦のように寄り添っています。
私は何だか胸が熱くなってしまい、けなげにこちらを見上げるパンジー夫妻にシャッターを向けたのでした。
「人面○○」と呼ばれるモノたちは数多く存在しますが、実際発見したのは初めてだったので、純粋に驚くと同時に生命の不思議さを感じた瞬間でした。
パンジー夫妻は今後寄り添ってしおれていくのかもしれませんが、あまりのいとおしい姿に、ここで紹介しようと誓いながら、敷地を後にしたのでした。
これを読んでくれた方へ・・。
何か視線を感じたら、周囲を見回してみませんか?
きっと一瞬でも心をわしづかみにされるモノ達に会えるかもしれませんよ。
2008年05月04日
ひと昔ルームメイト、今じゃルームシェア
ひと昔前はルームメイトというのがあった。
仲の良い友人と1部屋を借りるというものだ。
家賃の負担が半分になるので、お互いが納得してルールさえ決めれば
メリットが大きい。
昨今、都会ではルームシェアというのが流行ってきているらしい。
条件の良い1軒屋をそれこそ“シェア”する訳で、例えば築浅の優良物件の
5LDKを5人で借りるとすると、極端には50万の物件であっっても
1人10万の負担で済む。
共有出来るリビング、ダイニングと、洒落た洗面所に快適で広々した浴室。
1人で古く狭い物件を借りるより、ずっと快適な生活を送れる。
そう言えば、今ゴールデンタイムで若手の人気俳優がたくさん出ているドラマ
も1軒屋をシェアしている設定だった。
現代を象徴するのは、その住人の選び方。
仲の良い友人と…というのは一般的で、ルームシェアしている人の35%は
ネットでの募集で決めたという事。
一緒に住み始める時に全く赤の他人が初めて顔を合わせ、新生活をスタート
させるというのだ。
全く知らないと変に気を遣う必要も無いし、事前にメールでやり取りし、
何度も面接して十分やりとりすれば事故?も無く、1人で住むよりかえって安全で
決まり事も守られるのでむしろ生活し易いとも…。
中には性別の違う、年代も離れた男女がシェアしているというケースもあり、
“本当の家族より家族らしい、充実した毎日を送っている”という人もいる。
私位の年齢になるとなかなかすぐに理解するのは難しいが、柔軟性のある若い人達には、
かえって変化があって魅力的なのか?
最近はシェアハウス専用に物件を建築するオーナーも増えているという。
但し、注意すべきはその物件がシェア可能な物件かどうか。
ちょっと昔は、例え友人同士であっても1つの物件を2人で借りるのはNGが
当たり前だった。
今でもその考えのオーナーも多い。
だが、借りる側にとっては、(持家ならまだしも!)雪国の山形あたりなら郊外の1軒屋を借りて、
冬場の雪掃きの心配をするより街中のマンションの方が、同じ家賃を払うなら
ずっと快適に暮らせるだろう。
貸す側も、入居審査さえ完璧にすれば、考えようによっては空家にしておくよりは家賃収入がある方
が当然よく、考えようによっては、家族向き1軒屋には当り前のちゃんちゃ盛りの子供がいる家族
より、常識のある程度分かる大人の集団の方が物件の痛み具合も少なくて済むかも?
賃貸担当の皆様、長く空家になっている物件はオーナーの承諾を得、入居条件を十分吟味して
審査し、“シェアハウス”として貸し出す事も考えてみてはどうでしょう?
ネットで募集は無理でも、大学活を山形で送る為に都会からやってくる若い人達には
有効かもしれません…
2008年05月01日
おにいちゃん
少し前のコラムで書いた、同じ産婦人科で出産した仲間の一人(ママB)が先日無事に第2子を出産しました。
すらりと細身の体系からは想像もつかぬほど、短時間での安産だったようで何より何より。
第1子に続き、生まれたのは男の子で、すぐに写メールをくれたその赤ちゃんは立派でどこか堂々とした眠り姿。
彼女は2年半の間で元気な二人の男の子のママとなりました。
友人の一人の出産ではありますが、お互い第1子が、お互い胎児の時からの付き合いですから、嬉しさも格別というか、身内的な感覚での感慨を受け、赤ちゃんとの対面を楽しみにしていたのです。
早速、ママAとお祝いに駆けつけました。
自分が出産した時を思い出しつつ、懐かしい病室へ急ぎます。
ウキウキしながらドアを開けると、赤ちゃんとママBとそのご家族の姿がありました。
ママBは出産後の疲れも見せず(若いからか?)お肌もツヤツヤして、安堵感と達成感でキラキラ輝いています。
実家のご家族も笑顔で、本当に良かった!と心からお祝い申し上げ、ふとベッドを見ると
今やお兄ちゃんになったHくんが、赤ちゃんの隣に寝て、弟になったばかりの赤ちゃんの小さい手を握っています。
(その時点で何だか胸が熱くなった私。)
ママAも、Hくんと私の息子の仲間である娘Aちゃんを伴い、親子そろって興味深々で赤ちゃんを観察しています。将来の姿を想像しているかのようです。
さてそれからしばらく赤ちゃんを抱っこしたり談笑していたのですが、ママBのお母様が「そろそろ帰るよ」とHくんを抱き上げようとしました。するとHくんは、顔を真っ赤にして首を横に振り、ママBにべったりと抱きつき、涙を必死でこらえているではありませんか!
そこで!思わずウルウルきた私。と見ると、ママAは更に胸が熱くなったようで、「ちょっと!Hちゃん泣いてるのね、もう、私ダメ!」と大きな目から涙が盛大にポロポロ・・・。
その姿に若干驚いたのかつられたのか、当のHくんも、こらえきれず声を上げて泣き始めました。
そうだよね、Hくん。今までパパとママを独占していたのに、いきなり自分よりも小さいコが出現しママは、病院にお泊まりで離れ離れ。
赤ちゃんは確かにかわいいけれど、それが自分にとって何だかよく判らないし。
急激な環境の変化で、きっと小さな心はドキドキ落ち着かなかったのでしょうね。
しかしそれが「兄」としての運命。
これから先、長男としていろんな事にぶつかって成長していくであろう小さな彼の泣いている後ろ姿に、「ずっと応援しているよ」と心からエールを送ったのでした。