生徒は先生を選べない
新学期がスタートして1ヶ月半。
我が家に…正確にはわが息子に大きな変化があった。
担任の先生が変わった事である。
始業式の日、息子はいつになくはしゃいで帰ってきた。
“今度の担任の先生は男の先生だよ!”。
翌日はさらに興奮気味に帰ってきた。
“今日は放課後先生とドッチボールをして遊んできた!”。
息子にとっては、男の先生も放課後一緒にドッチボールをして
くれる先生も初めての経験だった。
ところが…保護者に宛てた学校からのプリントにはこう書いてあった。
「4年3組の担任の代用教員について」。
そう、息子が興奮して話した先生は代用教員だっただ。
本当の担任は女の先生で、昨年より体調不良の為長期療養しており、
4月の新学期には復帰する予定だったのが、8月末まで復帰が伸びたとの事。
代用教員の先生は8月末で終わってしまう事、本当の担任の先生が戻って来ても
来年3月までで、4月になればクラス替えでまた変わってしまう事などを考えると
親子ともがっかりせずにはいられなかった。
ところが…悲劇?はそれで終わらなかった。
ドッチボールをした翌日から男の先生は学校に来なくなってしまったのである!
2日過ぎ、3日過ぎても先生は学校に来ない…。
その間、校長先生教頭先生をはじめ、数人の先生が入れ替わり立ち替わり
クラスを見てくれ、授業が無いまま自習のプリントだけが毎日増えた。
1週間過ぎても体調不良が理由の先生が学校に来る事は無く、授業が進まない息子の
ノートは白紙のまま!!
さらに2日後、初めての授業参観日を迎えた。
この日はPTAの懇談会も予定されていたので、当然息子のクラスの話も出るだろう。
娘の初めての参観日という事もあり、“今日は何が何でも行かなければならない!”
私は朝から気合いが入っていた。
がしかし…朝から下の娘が気分が悪いという…幼稚園から1年生になっての慣れない毎日。
精神的なものだろうと、なだめたりすかしたりしながら学校へ送り出した。
数時間後、一本の電話が鳴った。
ナンバーディスプレイで見ると学校からである。
すぐにピンと来た。
案の定、娘の担任の先生からだった。
登校して間もなくから何度も吐き、午後の参観日まで様子を見ようと思ったが、具合が一向に
良くならないので迎えに来て欲しいとの内容。
取るものも取りあえず保健室へ向かうと、靴下やズックまで汚してしまった娘は裸足にスリッパ
を履き、真っ白な顔をして涙くんでいた。
生まれてこのかた、吐いて大変だったという記憶がない位に激しい嘔吐とは無縁だった娘は、
保健室を出て車に向かうまでも何度も吐き、娘の話もよく聞かず大人のエゴ?で
無理やり学校に出してしまった私は心から後悔した。
結局、この日私は懇談会へも出れず、娘は流行りの感染性胃腸炎で下痢に嘔吐に高熱に…でそれから
4日も学校を休んだ。
後で聞いた話では、息子の担任についてやはり校長と教頭から説明はあったが、代用教員の先生の
病名はいまだにはっきりせず、復帰まで1週間になるのか2週間になるのか分らないが、何とか
ご了承頂きたい…という話だったそうだ。
何人かの保護者でで職員室に行き、“子供達の授業の進行も含めきちんとした対応を”と迫ったが
何の回答も得られなかったと聞いた。
(○○くん(我が家の息子の名前)のお母さん(つまり私!)が居なかったから、言いたい事の半分も
言えなかった!と口々に詰め寄った保護者が言っていた…と人づてに聞いた)←私はクレーマーか?
そして、昨日、4年3組の担任について…もう1度プリントが入った。
「代用教員の先生は長期療養の必要がある為、この度退職する事になりました。担任が復帰する
8月末まで図工の○○先生が担任し、理科は校長、音楽は教頭が担当します」との事。
よくよく聞けば、長期療養中で8月末に復帰する予定の担任は、前々年度6年生を受け持っていた当時
生徒からのいじめにより不登校になって休職中という!
心配になって学校に様子を聞きに行った保護者は、新年度の係りの貼り紙や生徒たちの作品など、
賑やかに飾られ新年度の希望に溢れる他のクラスと対照的に、貼り紙1つ無く閑散として寂しい
息子たちのクラスを見てがっかりし、こう呟いていた。
“でもさ、長年担任持っていなかった先生に8月末まで担任しろって言っても、やる気も起きないよね”。
小4からが大事な時期…とよく言われるのに、本当に今、不安である。
だからと言って、先生を生徒は選べない。
“校長先生や教頭先生に授業を教えてもらえるなんてそうないよ。一生懸命勉強して、
校長先生に早く名前をおぼえてもらったら!”
私が息子に言えるのは、悲しいかなこれ位だ。
私がクレーマーにならないで済む事を、自分自身で祈る日々である。
[2008-05-20 09:24]