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2008年07月31日

生命

世の中本当に恐ろしい事件が続く。
(この出だしこの間も使ったばかりだが…)。
秋葉原の犯人は“誰かにとめて欲しかった”と言ったという。
人間関係をうまく形成出来ない犯人は、インターネットの世界に
自分の居場所を求めたが、そこでも誰からも相手にされなかった。
自分の存在を無視したネットの中の住人達にも、自分の存在を
知らしめたかった。
何人もの解説者が言っていた。
「誰か1人でも彼の心の声を聞いていたなら、この事件は起きなかった
かも知れない」と。
最近の凶悪犯罪は、大阪府池田市の小学校殺傷事件から大きく変わってきた
と言われているそうだ。
それまでの凶悪犯罪は犯人に係る特定の人間かターゲットだったが、
池田市の事件から“相手は誰でも良かった”という言葉に表現される、
無差別の人間が犠牲になる事件が増えた事。
これこそ、現代を象徴していると思う。
ゲームやネット等の普及で、人間同士の関わりを持たなくても
偽りの世界で思うように生きられる様になったからだ。
こういった人物は生身の人間と係る事が少なかった為、他人の気持ちを
考えたり理解する事が出来ない。
人の痛みも分らない。
人間形成の重要な時期に周りの人間から教えられる事もなかったのだろう。
当然、当り前で最低限の命の大切ささえも…。
話は突然変わるのだが、この春5年位前に100円ショップで買った植物を植えかえた。
最初の3年間はメキメキと葉をつけ大きくなり、濃い緑色で我が家のリビングを
和ませてくれていたのだが、2年位前からだんだん元気が無くなり、葉っぱの
色が黄色になってからは養分を与えても1枚また1枚葉が落ち、
最後には幹だけになってしまった。
友人は「パキラは弱いのよね…もう死んでるよ」と言ったが、
何とも諦めきれず、新しい土を買って植えかえてみた。
1週間経っても2週間経っても変化無し。
やっぱり駄目なのかと諦めかけた最近、なんと!小さい芽が出てきた!
ほんとに見過ごしてしまいそうな小さい芽…。
それからはあちこちから芽が出て…この1、2週間でパキラらしい緑色の
葉っぱに成長した。

葉
そして同じ鉢にもう1種類の濃い緑色の2葉も…。
松山の叔母が送ってくれたはっさくを食べた後、夫が種を植えたらしい…
(どうぞ写真をご覧あれ!)
毎朝その成長ぶりを確かめる日々が続いている。
こんなに小さい緑達さえ、我が家の子供達に生命の尊さを十分に教えてくれているのだ。
ネットやゲームが100パーセント悪いとは思わない。
自称物知り博士の息子は分らない事があるとインターネットに向かい、ウキペディアや
その他で調べて疑問を解決するし、買ってもらったDSのお陰で下の娘まで計算問題に
チャレンジする様になった。
20歳になる甥っ子は正しく秋葉系!
だが、秋葉系である事を明るく語る。
ようは人であれ、動物であれ、植物であれ、小さい頃から生身のものと触れ合う事だ。
本当にあたり前の事だが、ネットやゲームと違い、この世の中には生と死がある事
を身をもって教える事だ。

子供達は、はっさくが成るまでの成長の過程をとても楽しみにしている。
“そりゃあ、無理だよ~はっさくの実はならないよ!”と心では思う。
でも、教えちゃ何にもならない。
我が家のベランダに並べられた(子供達が植えた)朝顔・ひまわり・なぜかきゅうり!
お世話係の子供達は今朝も水をやり、パキラやはっさくと共にその成長を見守っている。

投稿者 oka : 15:47 | コメント (0)

2008年07月26日

食について

一緒にコラムを書いている相方が朝食について書いていたので、
私も乗ってしまおうと思う…すみません。

最近知り合ったYさんの印象は、当初良いというよりはむしろ逆で、
“きっと親しくは慣れないだろうな…”そんな印象だった。
声のトーンは低く、極端に言葉数も少ない。
いつも伏し目がちに話す。
私の周りには今まであまりいなかったタイプの人。

ある時、家族の話題になった際、“娘と2人です。夫は…いません!離婚です”
今までに無い位、なぜか不自然な位、明るくはっきりと言った。
その後、昼食の時間に2人きりになった事があり、彼女のお弁当を見た私は
とても驚いた!
彩良く飾られ、栄養のバランスを考えたお弁当。
どれも手がかけられ、冷凍食品など一切使っていない。
これもまた彼女のイメージとはなぜかとてもかけ離れたものだった。

後日、その理由は判明した。
ご主人とは離婚ではなく、死別だったのだ。
亡くなってからちょうど2年になるという。
忙しい仕事明けの朝、首都圏に住む両親に会う為1人出掛けたご主人は
高速道路で居眠りしガードレールに激突した。
朝いつものように“行ってらっしゃい”と送り出した彼女は、
突然のご主人の死が受け入れられなかった。
それでも、子供は育てていかなくちゃいけない。
生きていかなかればならない。
夫の死の現実を受け入れられないまま、毎日泣きながら生きてきた…そう彼女は言った。
夫の両親は、大学を卒業して帰って来るはずだった長男がそのままこの場所に
残ったのは、彼女と大学で出会ったせいだと彼女を責め、ご主人の残したもの全てを
持ち去ってしまった。
何としても最後まで渡せなかった唯一のもの。
それはご主人が無くなる数ケ月に建ててくれたマイホームだったという。
“賃貸のアパートに住んでも良かった…でも、夫が私達に残してくれた
最後のものだから…この家だけは渡せなかった。”
彼女は言った。
以降、ご主人の両親とは1度も会っていないという。
孫の誕生日にも、小学校の入学式にも…1度も連絡が無いそうだ。
続けて彼女は言う。
“母子の決して楽では無い生活の中、満足に欲しいものも買ってやれなかったけど
私は食べるものだけは愛情のこもったものを…と手を抜かないで来たんです。”
“夏休み、毎日お母さんの作ったお弁当が食べたいから、頑張って児童クラブに行く!”
という彼女のお子さんの言葉から、Yさんの子供に対する愛情の深さが感じられ、
Yさんの言葉には出来ない愛情が、ちゃんと娘のMちゃんにも伝わっているのだと
心から思う。
今までの苦労が、回りに彼女を暗い印象に見せたのだった。

さて、我が家。
私も“バランスのとれた食事”が最大のテーマである。
私の母の受け売りだが、時に私は子供達に唱和させる。
“我が家の食のテーマは!”
“バランスのとれた食事!”と子供達。
夫の“食べてみなければわからない!何でも挑戦!”という口ぐせもあり、
大抵の物は食べられる。
お陰で、現代の子供達が苦手とする、例えばひじきの煮物や
切干大根、野菜サラダや最近はゴーヤに至るまで…
給食も残さず食べるらしい。
そうそう相方よ、小さい頃から食卓に上がっていたものは、
その時食べなくともいずれ食べるようになるそうだ。
心配いらないぞ、貴女の愛情はちゃんと息子に伝わっている。

投稿者 oka : 10:49 | コメント (0)

2008年07月20日

朝食たべよ

小さい頃から「朝食大好き」だった私は、当然大人になってからも、ひどい二日酔いの朝を除いては(ほんの数回ですからね)毎日「朝ごはん」がないとダメ派。

実家にいた時は毎朝、祖母と母が作る朝食をモリモリ食べての登校→出勤。
胃袋にモノが入って初めて、私という人間のスイッチが入る気がしたものです。
しかも、朝しっかり食べないと、階段を昇るのもキツイほどです。

なので、今も当然朝食は一日の必須項目。
化粧タイムを削っても朝食は摂る!(それでは女としてダメなんだけど・・・。)

現在は、息子の保育園の関係で、主人と息子はゆっくり目に・私はバタバタと。
いつかは、みんなで食卓を囲む事ができるでしょうが。

ある日の息子の朝食です。
野菜嫌いで困ったもんだ、と困りつつ、自分もそうだったなぁと思い出し、大人の今は野菜大好きなので、「大丈夫だな!」とアバウトな部分の性格を前面に押し出し、野菜は少なめ・・。

タツ朝食

未だに「保育園に行きたくないよぉ」病の為、朝食の量も至って少量なので、苦慮しながらパンかご飯を日々変えて出すと、私の出勤後にそれなりに頑張って食べていくようです。
保育園からも、給食の献立表と一緒に「朝食をとりましょう」とのお手紙が来ました。
「面倒だから、自分は食べないから」という理由で、子供に食べさせない親もいるとか。
パン1枚、牛乳1杯でいいから始めましょう!と。
本当に同感です。

「かぁちゃん、お代わり!」と朝からどんぶり飯を目の前に出される日が来るのが楽しみな私です。

投稿者 oka : 15:28 | コメント (0)

2008年07月10日

居心地の良い場所

しばらく振りに腰痛に悩まされている。
しばらく振り…というのは、学生の頃アルバイトしていた喫茶店の
冷え過ぎるエアコンで腰痛になって以来のこと。
夜、寝ていると寝返りが打てない位に痛む。
眠れない頭で原因を考えてみた。
「イスだ!」この1ケ月、必要に迫られて長時間座っているイス…。
革張りの肘掛がついた立派すぎるそのイスは、きっと長時間仕事をするには
不向きなのだろう。
思えばあのイスに座るようになってから1週間程で痛み出したのだ。
高級だから良いってもんじゃない。
何事も適材適所というのがあるのだ。
イスと言えば…ここ最近駅に行く様が何回かあって、駅前のとおりを
必然的にあるく機会があった。
今までは気づかなかったが、駅までの商店街のアーケードの下には
所々にイスが置かれている。
実は最近までイスだとは気付かなかった!
この度たまたま子供達も連れて歩いたので、私では無く子供達が
気づいたという訳。
後で知った事だが、地元のデザイン学校の生徒達がデザインしたものらしい。
一見オブジェにしか見えないそのイス達は、よくよく見ると(話題のサミットのテーマ
では無いが)全て自然の素材で作られている。
石や木材、廃材等など…
バス停留所の前に置かれたイスにはお年寄りや子供達が腰掛け、ただのオブジェでは
無いという事を改めて知る。
そう言えば、東京ディズニーランドで置いて欲しいもののナンバー1に、
“ベンチ”というのがあったっけ…
ただのベンチではあまりにも味気ないが、こんな夢のあるデザインだったら
ディズニーランドでも許されるのではないか?
ふと思った。
さて、場所は変わって我が家。
我が家にも狭いリビングに2人掛けのソファがある。
大人2人が腰掛けるといっぱいいっぱいのこのソファ。
下の娘の大のお気に入りで、起きている時も遊んでいる時も、
うたた寝する時もこのソファを使う。
時々、私が座っていると隣の空いているスペースに息子が横になり、
空いている所が無いと知った娘が、無理やり私の隣におしりを
ねじ込む。
気づくと畳1帖も無いスペースがやけに窮屈になっている。
“せまい~”と口々に言いながら、誰も下りようとしない。
ぎゅうぎゅうになりながらも窮屈なそのソファに皆
座り続ける。
広くゆったりとした場所だけが居心地が良いとは限らない。
我が家では、ぎゅうぎゅうの、くっ付き合って座る
狭~いそのソファが一番居心地の良い場所なのである。
不思議な…居心地の良い場所である。

投稿者 creat : 14:18 | コメント (0)

2008年07月04日

甘い香水

梅雨のジトジトで、何となくベタベタ・・。「爽やか」というには程遠い季節で、濃度の濃い汗をかきそうです。
そんな時に、爽やかな匂いをふりまいている人ってステキですよね。
その人が立ち去った後にフワッと残るいい匂いっていいもんです。
しかし、中にはあまりにスパイシーだったりして「!?」という感じのものもあり、「それをあなたはいい香りと判断しているんだ」と半ば感心してしまいます。

そうはいっても、無数にある様々な香りの中から自分に合うものに出会うってなかなか難しいですよね。例えば誰かにプレゼントしてもらっても「この匂いは好きではない部類なんですけど」となると、申し訳ないし。

ショップで香水売り場に行くとびっくり。絶対にクラクラしそうなくらいの数と色と、空気に何種類も混じって、強烈な匂いが立ち込めています。
そこにはずっといられなし、人間の嗅覚の限界もアッという間にやってきてしまいます。
しかし新しい「自分色の匂い」に出会うには、それくらいの修行は必要なんでしょうか。

ところで私が長年愛用しているのは「ニナリッチ」の「レベルドゥリッチ」という香水です。3種類ほど出ていますが、これが一番柔らかい。

香水

本当はかなり若い(対象が)香りのようなのですが、ずっと使用しているとなかなか冒険ができないものです。
それにこのボトルもかわいいし、すりガラス調のマットな雰囲気も好き。そして、この王冠も何とも印象的!「トマトの香りをベースにしている」となっていますが、はっきり言ってトマトとは程遠いものの、落ち着くのですよねぇ。

ある日のこと、息子の指が何故かこの匂いにまみれていてギョッとしたのですが、私の見ていない隙にボトルを触っていたようで、それ以来絶対に彼には届かない高い場所へスタンバイさせています。

何故か手放せない香りとして、今後、「大人の女性」としてのステキな香りに出会う日がくるまで、私はレベルドゥリッチの螺旋ボトルを見て過ごすでしょう。


投稿者 creat : 13:37 | コメント (0)