「こんな家を建てたい」が好き

読書の秋の到来でもあり、早速、本を購入してみました。
渡辺篤志著「こんな家を建てたい」~講談社~

渡辺さん

著者は、長年TVで「建物探訪」という番組をしている為、ご存知の方は多いはず。
私の周囲にも、この番組のファンは意外に多いのです。

数年前に近所の図書館で、この番組の内容を本にしたものを目にして大喜びしながら借りまくったのですが、やはり「愛読」となるとちゃんと手元に置いておきたいというのが心情ですよね。
ということで早速取り寄せてみました。
文庫文なのに横サイズで、それも面白いのですが中身もとっても充実。
渡辺さんが番組で訪れた建物たちに対しての、尊敬とか愛情とか、その家を担当した建築士への共感とか驚き。
そんな思いと、渡辺さんの「建物に対する造詣の深さ」がぴったりマッチして、本当に読み応えがあります。

間取りオタクとして生きる私は、必ず間取りが掲載してあるというのもさる事ながら、建物内外部の写真も、施主たちの言葉も、「うーん、ナルホドね」と感心しきり。
是非、このシリーズを買い揃えたいと思っています。
夜、寝る前のひと時、(一度に読破は無理ですが)少しずつ惜しむように大切に読むモノがあって幸せな今日この頃です。

今まで「あっちーなぁ!」とタオルケットを蹴飛ばしていた季節とは違い、少し薄い布団を体にかけながら本を開く・・・・。
この至福の時をあなたもいかが??

[2008-09-10 18:07] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

朝食たべよ

小さい頃から「朝食大好き」だった私は、当然大人になってからも、ひどい二日酔いの朝を除いては(ほんの数回ですからね)毎日「朝ごはん」がないとダメ派。

実家にいた時は毎朝、祖母と母が作る朝食をモリモリ食べての登校→出勤。
胃袋にモノが入って初めて、私という人間のスイッチが入る気がしたものです。
しかも、朝しっかり食べないと、階段を昇るのもキツイほどです。

なので、今も当然朝食は一日の必須項目。
化粧タイムを削っても朝食は摂る!(それでは女としてダメなんだけど・・・。)

現在は、息子の保育園の関係で、主人と息子はゆっくり目に・私はバタバタと。
いつかは、みんなで食卓を囲む事ができるでしょうが。

ある日の息子の朝食です。
野菜嫌いで困ったもんだ、と困りつつ、自分もそうだったなぁと思い出し、大人の今は野菜大好きなので、「大丈夫だな!」とアバウトな部分の性格を前面に押し出し、野菜は少なめ・・。

タツ朝食

未だに「保育園に行きたくないよぉ」病の為、朝食の量も至って少量なので、苦慮しながらパンかご飯を日々変えて出すと、私の出勤後にそれなりに頑張って食べていくようです。
保育園からも、給食の献立表と一緒に「朝食をとりましょう」とのお手紙が来ました。
「面倒だから、自分は食べないから」という理由で、子供に食べさせない親もいるとか。
パン1枚、牛乳1杯でいいから始めましょう!と。
本当に同感です。

「かぁちゃん、お代わり!」と朝からどんぶり飯を目の前に出される日が来るのが楽しみな私です。

[2008-07-20 15:28] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

甘い香水

梅雨のジトジトで、何となくベタベタ・・。「爽やか」というには程遠い季節で、濃度の濃い汗をかきそうです。
そんな時に、爽やかな匂いをふりまいている人ってステキですよね。
その人が立ち去った後にフワッと残るいい匂いっていいもんです。
しかし、中にはあまりにスパイシーだったりして「!?」という感じのものもあり、「それをあなたはいい香りと判断しているんだ」と半ば感心してしまいます。

そうはいっても、無数にある様々な香りの中から自分に合うものに出会うってなかなか難しいですよね。例えば誰かにプレゼントしてもらっても「この匂いは好きではない部類なんですけど」となると、申し訳ないし。

ショップで香水売り場に行くとびっくり。絶対にクラクラしそうなくらいの数と色と、空気に何種類も混じって、強烈な匂いが立ち込めています。
そこにはずっといられなし、人間の嗅覚の限界もアッという間にやってきてしまいます。
しかし新しい「自分色の匂い」に出会うには、それくらいの修行は必要なんでしょうか。

ところで私が長年愛用しているのは「ニナリッチ」の「レベルドゥリッチ」という香水です。3種類ほど出ていますが、これが一番柔らかい。

香水

本当はかなり若い(対象が)香りのようなのですが、ずっと使用しているとなかなか冒険ができないものです。
それにこのボトルもかわいいし、すりガラス調のマットな雰囲気も好き。そして、この王冠も何とも印象的!「トマトの香りをベースにしている」となっていますが、はっきり言ってトマトとは程遠いものの、落ち着くのですよねぇ。

ある日のこと、息子の指が何故かこの匂いにまみれていてギョッとしたのですが、私の見ていない隙にボトルを触っていたようで、それ以来絶対に彼には届かない高い場所へスタンバイさせています。

何故か手放せない香りとして、今後、「大人の女性」としてのステキな香りに出会う日がくるまで、私はレベルドゥリッチの螺旋ボトルを見て過ごすでしょう。


[2008-07-04 13:37] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

ナマズ

私ときたら、地震にものすごく弱い。
というか、今回の大地震では内心正気を失いました。
朝のミーティングの真っ最中、営業部全体での真剣な報告中に、それは来ました。

地震=グラッという表現がよく使われますが、それよりも「グワーン」と地面がシェイクしている感じ。そのシェイク度合いはますます大きくなり、「ガタガタ!」と色んなものが音を出し始め・・・。もう、その頃の私は大地の揺れと一緒に心も体も大揺れです。
極度の貧血時のように頭がグラグラしているし、「この直後にドッカーンと最大級のモノが来るのかも!!」というあまりの未知の怖さに倒れそう。
他の社員たちは、多少の表情の動揺はあってもみんな冷静で、恐怖と一人戦いながらも「みんなすごいっ」と感心する私。
しばらくして収まったものの、この地震が我が東北地方に甚大な被害を及ぼしたものである事を知ったのはミーティングの後でした。
私はしばらく動悸が続き、落ち着くまで仕事にならない始末。
「また来るかも」「さっきよりも大きいのが来たら?」と、冷静さを装いつつも仕事にならないくらいビクビクしています。

地震というヤツは、この「この後何があるか分からない感」がもっとも恐怖なのです。
収まるのか、揺れ続けるのか、更に大きくなるのか?予測がまったくつかない恐怖。

そういえば、地震の前日の朝。自宅2階・東の窓にかかるカーテンを開けて「気持ちいい朝だなぁ」と次の瞬間。「変な雲・・・。地震の前触れ?」と思っていたのです。
よくある地震雲のような横一直線の雲ではなく、不思議な色合い、そしてのっぺりとした巨大な唇のような形。なんとも言えない不気味さでした。でも、そのことはすぐ忘れていたのです。
それが次の日に・・。思い出したときに、ゾッとしてしまいました。
こんな事が前にもあって、もしかしたら私の体内及び脳内には「地震予知」みたいな機能が太古よりあり、進化せずに残っていたのかもしれません。
ナマズみたいな機能が、地球の中で起こっているわずかな変化に微妙に反応しているのでしょうか。
このナマズ機能を磨くよりも、まずは災害対策をしておきますか。
いつ、私が突然進化してしまうかもしれませんから。
※この地震の被害に遭われた方のご冥福・ご回復をお祈りいたします。※

[2008-06-17 14:48] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

卑怯なおべんと

先日、ネットか新聞かで斜め読みしたところ、アメリカ(多分)のとある研究所での発表で、「専業主婦は年収に換算すると1,200万円」と出ていましたよ!!
それくらい大変なんですねぇ・・・。これは、完璧にこなしての家事なんでしょうけど、であれば私はいくらなのか?
考えれば考える程、安っぽい値段しか思い浮かばないので、いっそ開き直り、手抜き主婦の象徴である「卑怯べんとう」の紹介をしてしまいましょう。

以前から主人のお弁当(時々自分の分も)を作ってはいますが、ものすごく凝った内容のものは作れなくとも、「貧相には見えないお弁当」には多少自信がある私。
数年前から『ヨシケイ』という配達してくれる食材屋さんを愛用していますが、その中のアイテムに「簡単お弁当セット」というのがあったりして、本当に助かっています。
それらを取り混ぜた、名づけて「卑怯べんとう」。

おべんと

以下、時計回りに卑怯おかずの紹介です。
・メインのソースかつはヨシケイでチーン!
・鮭はほぐして(たまに、ほぐし身を買ったりも)マヨネーズをかけてアルミカップのまま魚焼きグリルに突っ込み30秒。
・ ソーセージをフライパンで転がす。
・ みかん(風邪引きの息子の為に買ったが「食べない!」と拒否された)半分。
・ ヨシケイしゅうまいをチーン!(その後軽く焼くと手がかかったように見える。)
・ 玉子焼きの予定が、気づいたら卵をかき混ぜていて、結果、粗い入り卵。
・ 近所のおじさんから頂いた、取れたて小松菜のおひたし(すりゴマかけ)
・ ご飯は、時節柄梅干でガードして、息子のアンパンマンふりかけをくすねてON!

以上のようなメニューが多いですねぇ。前日残り物も含めて。
主人に「お弁当おいしかったぁ?」と聞いてみれば「買うの面倒だからあるだけでありがたい」ですと・・・。あるだけで??カチン!ときましたが、毎度完食だからいいか。

ちなみに、お弁当箱の色(入れる側)は、黒・赤がおかずが美しく見えます。同じ内容でも、透明箱の私のより、黒い箱の主人の方が若干旨そうに見えるので。
そしておかずの色は、赤・黄・緑・茶あたりが入っていれば安心な配色ですね。
どなたか他にも卑怯ネタがあれば、こっそり教えてくださーい。

[2008-05-28 14:51] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (2435) ]

視線

少し前のある日。
お客様の敷地で、測量をさせて頂いてました。
設計部のS部長と一緒に敷地内を歩き廻り、様々な部分の測量を終え、日が暮れつつある事で片付けを始め、新たな図面を描くことでの打合せをしていた瞬間。
確かに「視線」を感じた私。
少し冷たくなってきた空気のせいかな?と周囲を見回すと、道を隔てた隣家の窓に数匹の猫がこちらをじっと見つめています。
そうか、と笑顔になったものの、もっと違うところからの視線である事に気づき、再度周囲を見回してみました。
すると・・・
足元に彼らは居ました!
私はその彼らに思わず目を奪われてしまったのです。

彼らは、本当に「二人で」私に何か話しかけているように、首をかしげながらこちらを見上げます。
「どーした!君たち!」と思わず声をかけた程「擬人化」したパンジーは、夫婦のように寄り添っています。

パンジー

私は何だか胸が熱くなってしまい、けなげにこちらを見上げるパンジー夫妻にシャッターを向けたのでした。

「人面○○」と呼ばれるモノたちは数多く存在しますが、実際発見したのは初めてだったので、純粋に驚くと同時に生命の不思議さを感じた瞬間でした。

パンジー夫妻は今後寄り添ってしおれていくのかもしれませんが、あまりのいとおしい姿に、ここで紹介しようと誓いながら、敷地を後にしたのでした。

これを読んでくれた方へ・・。
何か視線を感じたら、周囲を見回してみませんか?
きっと一瞬でも心をわしづかみにされるモノ達に会えるかもしれませんよ。

[2008-05-09 18:40] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

おにいちゃん

少し前のコラムで書いた、同じ産婦人科で出産した仲間の一人(ママB)が先日無事に第2子を出産しました。
すらりと細身の体系からは想像もつかぬほど、短時間での安産だったようで何より何より。
第1子に続き、生まれたのは男の子で、すぐに写メールをくれたその赤ちゃんは立派でどこか堂々とした眠り姿。
彼女は2年半の間で元気な二人の男の子のママとなりました。
友人の一人の出産ではありますが、お互い第1子が、お互い胎児の時からの付き合いですから、嬉しさも格別というか、身内的な感覚での感慨を受け、赤ちゃんとの対面を楽しみにしていたのです。

早速、ママAとお祝いに駆けつけました。
自分が出産した時を思い出しつつ、懐かしい病室へ急ぎます。
ウキウキしながらドアを開けると、赤ちゃんとママBとそのご家族の姿がありました。
ママBは出産後の疲れも見せず(若いからか?)お肌もツヤツヤして、安堵感と達成感でキラキラ輝いています。
実家のご家族も笑顔で、本当に良かった!と心からお祝い申し上げ、ふとベッドを見ると
今やお兄ちゃんになったHくんが、赤ちゃんの隣に寝て、弟になったばかりの赤ちゃんの小さい手を握っています。
(その時点で何だか胸が熱くなった私。)
ママAも、Hくんと私の息子の仲間である娘Aちゃんを伴い、親子そろって興味深々で赤ちゃんを観察しています。将来の姿を想像しているかのようです。


さてそれからしばらく赤ちゃんを抱っこしたり談笑していたのですが、ママBのお母様が「そろそろ帰るよ」とHくんを抱き上げようとしました。するとHくんは、顔を真っ赤にして首を横に振り、ママBにべったりと抱きつき、涙を必死でこらえているではありませんか!

そこで!思わずウルウルきた私。と見ると、ママAは更に胸が熱くなったようで、「ちょっと!Hちゃん泣いてるのね、もう、私ダメ!」と大きな目から涙が盛大にポロポロ・・・。
その姿に若干驚いたのかつられたのか、当のHくんも、こらえきれず声を上げて泣き始めました。
そうだよね、Hくん。今までパパとママを独占していたのに、いきなり自分よりも小さいコが出現しママは、病院にお泊まりで離れ離れ。
赤ちゃんは確かにかわいいけれど、それが自分にとって何だかよく判らないし。
急激な環境の変化で、きっと小さな心はドキドキ落ち着かなかったのでしょうね。
しかしそれが「兄」としての運命。
これから先、長男としていろんな事にぶつかって成長していくであろう小さな彼の泣いている後ろ姿に、「ずっと応援しているよ」と心からエールを送ったのでした。

[2008-05-01 15:10] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

感性も訓練だ!

私が出社して自家用車を停めている駐車場は、神社の中にあります。

そこは、日常から少しだけ離れた静寂の中にあり、ここに馴染みのある人々にとってはとても穏やかな空間です。
私たちはいつもバタバタしていて、神社の中にある木々の様子が日々変わっている事など気づかずに過ごしているものです。
今朝、車の上に大きな枝がかかるサクラの木が満開になっていました。

桜

ここ何年か、携帯で撮影するのが定例になっている私。今日もすぐにパシャ。
「今日しかない」、この花の様子にしばし心もホッとした感じでした。
よって・・今日は素敵な日だな、と思えそう。

しかし普段の私は、相当の慌て者&心に余裕を持たずに生きてる感じの人間。という事は、よく素敵なものを「見落としている」つてこと?? あー、もったいない。
昨日の夕暮れ、息子と近所を歩いていた時のこと。薄い水色と紫がかった空にかかる、まだほの白い月を見上げて、息子が「ほら、おちゅきさま、すごくきれいだね~」と言うのです。ホントだ。よく見ていなかったなぁ。
小さい時は、草とか星とか月が、とっても身近なのですね。
感性・・・。それは失いたくないもの。
感動する気持ちがなくなったら、私は終わりだと思っています。
失いたくないのなら、訓練も努力も必要。それにはまず、一日一回の「非日常の感覚」を
課題にしますか。人間に生まれたからには、素敵と思えるものを発見する義務がありそう。
その感覚を手帳に記しておく・・・。うん、いいねこれ。やってみます。

[2008-04-16 12:31] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

勇気ある投書

先日、実家に遊びに行ったときの事です。雑談をしていた母が、「そうだ」と思い出したように、食卓の上にあった朝日新聞を私に手渡しました。
読め!とぱかりに差し出した部分は、一般の方からの投書欄。そこには、実名・年齢入りで「食品の偽装」についてのいわば、暴露みたいな事が書いてありました。
その人は、文面からしても大変真面目な人、というのが窺え、考えた末に覚悟の上で投書したような雰囲気。
その人は、自分で店舗を持ち、和食の板前としてやってきたが事情があり店をたたみ、和食レストランに就職したというのです。
果たして彼がその厨房で見たのは、腐りかけた魚は調味液に漬け込んで加熱し、「国産新鮮食材使用!」とうたっておきながら、冷凍庫には中国野菜や刺身が山積。それなのにその店は大変流行っているというのです。更に、出入りの食材業者は「もっとひどいところはたくさんある」と話したというのです。彼は、板前としてのプライドもあるでしょうし、そこでやっていく自信をなくしたという内容でした。
母は、最近外食も結構楽しめるようになった息子の話をしたので、途端に心配になったようです。
元々私は、祖父母との三世代の中で育ち、働く母に代わり、家族の食事は祖母が腕を振るっていました。和食にしても洋食にしてもおいしいし、盛り付けも上手だなぁ・・・と孫ながらに思っていました。「家で食べるご飯が一番!」というのが祖母の口癖でしたから、家族での外食の機会は、滅多にはなかったように記憶しています。
しかし、一人暮らしをしたり、結婚したりすると、「外食嬉しい♪」というように変化してきて、自分の中での「おいしい店」というのも増えていきました。
そして今、自分で作るご飯+外食の快感も捨てがたく、時には息子を連れてファミレス等に行くようになったのですが・・・・。

確かに厨房で何が起きているかは、私たち客には見えないところ。
嬉々として食事をしたその中身が、農薬漬けだったり腐りかけているものだったりしたら・・・。
外食産業とはそんなモノだと諦めるしかないのでしょうか。
そんな店は一部?それともほとんど?
悲しいけれど、「そういうものだ」と諦めて生きて(食べて)いくべきなのか。それとも祖母のように徹底して家庭での食事にこだわるか・・・。(今やその家庭で使う材料も怪しい!)
うーん、結構外食好きな私としては悩みます。

ともかく、勇気ある新聞に投書したその人が、自分の仕事にプライドを持っていける仕事口が見つかる事を、一読者として祈りつつ・・。

[2008-04-03 17:01] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

花粉と水分

人間の体ってほとんどが水分ですよね。(何%か忘れた)
それを体で実感する時期の真っ只中。そう、花粉に悩む一人です。

3月に入って間もなく、花がムズムズするなぁと思いながらもそのままに。
すると最近、くしゃみが連続20回勃発した時点で「来たな」と、目に見えない敵に身構えたのも束の間・・・。悲しくないのに目がシバシバして、ボロボロと涙がとめどなく流れ、それに引っ張られるように鼻水が。許されるものならば、両方の鼻にティッシュを突っ込んで仕事をしたいと願うくらいのひどさです。
全く、どれだけ私の体から水分がムダに出れば気が済むのか?と半ば呆れてしまいます。

以前はこんなにひどくはなかったのになぁ・・とぼやいていたら、それを聞いていた弊社社長が一言、「年を重ねるうちにひどくなるという事か」ですって?!単に年取ったな、とおっしゃりたいのはわかりますけど、「そうではありません」。花粉と体内の表面張力の関係など、最近では周知の事。ここははっきりしておかないと!

さて、春らしく、日々気温が上昇するにつれ私の症状が悪化し、このままだと仕事にならない!という危機感まで感じて、いつもの耳鼻科医院に駆け込みました。
その日は大げさではなく、今まで生きてきた中で一番の花粉症の症状。
病院へ駆け込む直前の私ときたら、例えば「オトコにひどい振られ方をして、何日も号泣した惨めなオンナ」という表現がぴったりの様相。
このままでは心まですさんでしまう!とばかりに文字通り駆け込んだわけでした。
そこで飲み薬と目薬・点鼻薬を処方してもらい、そのお陰で何とか普段の75%くらいまで復活しました。

弊社でも花粉症が悪化した同僚たちがゴロゴロといます。皆、涙ながらに仕事をしていますが、負けずに何とか乗り切りたいものです。

さて、今回のひどい花粉症で改めてわかった事があります。
あまりに体内から貴重な水分が排出されると「老ける」という事。
それも加速度的に。本当に体感。実感。そして痛感。
この事は花粉の季節が過ぎても、決して「若返る事はない」でしょうから、何らかの対策を講じねば!たっぷりの水分補給+ヒアルロン酸やコラーゲンやコエンザイムQ10などのサプリをしっかり摂る+十分な睡眠。
いずれにしても、花粉症により、ものすごく体内的にも金銭的にも(ティッシュやマスクなど消耗品が多いし!)イタイのです。
よーし見てろ!来年のこのシーズン前には、事前の対策もバッチリにして一気に私を老いへと追い詰める花粉に「打ち勝って」みせようではありませんか。

[2008-03-25 17:59] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

それぞれの成長

2005年の夏のある日、私たちは出会いました。その時私は妊娠7ヶ月。産婦人科医院で「母親学級」が催され、私は会社を休んで張り切って参加しました。
そこに集まったのは、12、3人のほぼ同時期に出産予定のプレママたち。
初産がほとんどの為、みんな若干緊張気味です。自己紹介に始まり、助産師さんの色々なお話に真剣に聞き入り、最後は妊婦体操で終了。その時は言葉を交わす事がなかったのですが、大分お腹も膨らんだ9ヶ月くらいの第2回目。私たちは挨拶を交わして別れました。

いよいよ臨月。
私は帝王切開による出産が決定しており、指示通り出産日の前日に病院へ入院しました。事前に予約していた個室は、私を含んで全室満室。助産師さんとの打合せをして、出産前の夕食をおいしく頂き、「私ったら意外に落ち着いてる~」と私よりも緊張している主人を横目に食欲旺盛。その後廊下に出てブラブラしていると、生まれたての赤ちゃんを抱いた個室の新米ママが。挨拶をすると、そのママが「もしかして、母親学級一緒でしたよね!」と声をかけてきました。よく思い出すと、私の隣に座っていたママ。
ハキハキしている人なのですぐ思い出したのです。するとママはもう1つの個室を指差し「この部屋の○○さんもきっと一緒だったハズ」と言うのです。すると間もなく、その個室からスラリとしたママが哺乳瓶を持って現れました。「○○さん、覚えてる?」とそのママに声を掛け、私たち3人は「初会話にして再会」、という面白い場面を迎えました。
しばしその偶然の再会に盛り上がり、廊下でお互いの近況(改めて自己紹介)報告をし合ったのですが、声を掛けてくれたママAもママBも無事に出産済。明日にその日を迎える私に色々アドバイスをくれたのです。スイカのようなお腹をなでながら、「心強いなぁ」と感謝したのを今でも覚えています。
さて遂に出産の時。点滴をつけたまま廊下を歩く私を二人とも「頑張れーっ」と声援してくれ、何とか無事に息子を産むことができました。
その後、お互いの部屋を行き来して情報交換をして更に仲良くなり、退院の時はメールアドレスを交換してそれぞれの新生活に戻ったのでした。
その後も、新生児を抱えての不安や出来事などをお互いに報告しながら、是非子どもと一緒に再会しよう!と励まし合っていたのです。
時は流れて、生後半年を過ぎた頃、(私は仕事復帰・二人は専業主婦)「いよいよ会おうよ」と、子連れランチを決行しました。
半年ぶりに見る子ども達は3人とも丸々太って首もしっかり座り、まるで別モノ?
私たちママは、まだ子育てに悪戦苦闘しながらも、自分たちの生活のリズムをしっかりつかんでいる様子。途中泣き喚く子どもたちをあやしながら、授乳をしたり写真を撮ったりしながら、楽しい時間を過ごしました。
それから約1年半・・・・私が休みの平日を中心に月1回ペースで「会合」を開き、とても良い関係を保っています。子ども達も、何となくだけど「仲間だな」と認識しているようですし。
先日も3月の会合を開き、ママA宅に集合。ママBは初夏に二人目を出産予定、我が家は息子が保育園入園予定、と、今までとまた違う環境になる私たち。これからは頻繁に会う事ができないかもしれませんが、お互いの子ども達の手が離れた時にこそ、また新たな友情がスタートする、と思っています。年代も家庭環境もそれぞれ違う私たちだけど、あの日、母親学級で出会った偶然を大事に、これからもお付き合いをしていきたいものです。

ママBが、手をつないで公園に向かう我が子たちを見ながら、「みんな成長しましたよね。」と感慨深げに一言。
本当に。考えてみれば胎児の時からのオトモダチ。
これからもどうぞ宜しくね!と小さいけれどしっかりした子ども達の足音を聞きながら、心の中でつぶやいたのでした。

[2008-03-16 15:06] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (2) ]

旅のトモに・・・なれない!

先日の久しぶりの出張で、かなりの強行軍(早朝の出発→午後10時到着)をこれまた久しぶりに実行。宿泊したいところですが、乳幼児を抱える身としてはそれもまだ無理な話。
必然的に強行軍になるわけです。
今回は一人での出張という事もあり、行き帰りの車中では思う存分「本を読もう!!」と実はとても楽しみにしていました。
小学生の時から結構な活字中毒にもかかわらず、家では新聞も読む余裕がないので、せめて移動の車中は、窓の外の景色など見なくても、ゆーっくり本の行間と新幹線の心地よい振動に身をゆだねて行こう、とこの日程が決まってからずっと目論んでいたのです。

さて、当日。バッグの中には何ヶ月も途中になっていた推理小説と、会社で使用するビジネス書(かっこいい!?)を入れて、座席へ。
席に着いてしばらくは、見慣れた街の様子をボーッと目で追いながら日常から少しずつ脱皮していく自分を感じていくうちに、ウトウト・・・。
「早起きだったし、うーん、この揺れが気持ちいい・・」とフワフワした気分のまましばらくじっとしていると、何だか本格的に寝てしまいそう・・。
でも、本来の目的をまだ達成していないので何とか睡魔を追いやり、文庫本を開きます。
私は、周囲がどんなに騒がしくても読書には集中できる幸せなタイプ。
途中乗車してきた後の座席のカップルが朝からイチャイチャしているけど、ま、集中集中。
アッという間に小説の中身に没頭して、ハッと気づくと相当進んでいる様子。
何だかあまりに早く読み終わりそうで、もったいない気がしてきました。そこでいったん本を閉じて、ビジネス書を開き・・・。これは自分への課題。
・・・と本にばかり触れていたら、幼なじみが朝メールをよこし、昨年購入した高層マンションが新幹線から見えるのでチェックしてね!というのを忘れていて、もう通り過ぎた後のようでした。

そんな3時間弱を過ごして、東京に着き本当の目的である仕事をこなし、さて帰路。
事件はその新幹線で起きた!
さすがに疲労感でいっぱいになった私は、読書の前に少し眠ろうと思っていたのです。
すると、前の座席の団体さんと席を交換してあげていた50代と思われる女性が、私の隣へ。
『今帰りだよ』と一応主人にメールなどを打っていた私へ、その女性は(以下、おばさまと呼ばせて頂きます)、「夕飯食べた?」といきなり聞いてきました。それがあまりに自然だったので、とっさに「はい、大丈夫です」と答えてしまった私。するとそのおばさまは、その答えを聞いたにも関わらず、「これ食べて~」と自分が持っていたお寿司を有無を言わさず分けてくれたのです。「あ、ありがとうございます」とその勢いに押され、すぐ口の中に。確かにおいしいのですが・・・。するとその間「これはね、○○の駅で・・・」とそれを購入したいきさつをずっと話すおばさま。「はぁ、そうですか」などと曖昧に返事をする私。普段だったら、もっと合わせられたかもしれません。でも、私はかなり疲労していたのです!そこで、少しそのオーラを出してみたのですが、おばさまは気づかない様子。
「ご馳走様でした。」と挨拶する私に、「みかんもどうぞ。これは・・・」とまたそのいきさつを。それはとても甘いみかんだったのですが、何だか気分が重くなってきました。ここで色々合わせればいいのでしょうが、とてもそんな気分になれなくなって、本を開いて集中しているフリをしているところへ、更なる攻撃!「ちょっと、これ見て。押し付けでごめんね~。」と自分が撮ってきた景色のデジカメを前へ差し出されました。そして次々画像を見せて説明。景色は確かにきれいなんですけど・・・。

その後はさすがにもう勘弁して!オーラを最大にしてみたところ、それを最後におばさまも諦めたようでした。
きっとこの方は、自分の経験した事、見た事を少しでも共感して欲しかったのだろうと思います。私だって、出会いの一歩がこんな事から始まれば、素敵な事だと思います。が!その時はダメ。証拠に一気に疲労が重なり気分さえ悪くなってきました。

ごめんなさい、私はきっと「旅の友」にはなれない人です。きっとおばさまも「感じ悪かった」と思ったかもしれません。
でも、その人の状態を少しはみてとって欲しいなぁ。
私は、そのおばさまが、素敵な思い出の中から、「私」を追い出していてくれる事を今ひそかに祈っているのです。

[2008-03-07 18:36] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

信じられない!

この主婦コラムをずっと読んでくださっている方は、主婦1である私、および主婦2であるスタッフとも、かなりそそっかしい人物たちである既にお分かりになっていることでしょう。私たちはお互いを熟知しているつもりですが、それでも「また~?」とそれぞれのおバカ加減に呆れる事も多々あります。私たちは友人でもあるのでズバズバ言えるのですが、「主婦2」のここ2回くらいのコラムを読んで、「彼女らしいわ、アホだ」と心の中でつぶやきました。そして、毎回、小ネタ事件がよくあるものね~、とある意味感心をしている主婦1である私なのでした。

ところで私は、昨日あるところで、主人と実印を使用する場面がありました。この事は、以前から決定していたもので、用意周到な性格の私は、3日も前から必要な書類等と共に、今回新調した実印入りの箱(よくあるブルーの立派な布がはってある箱)を、当日使用する予定のバッグに入れて、何度も確認。我ながら段取りの良さにうっとりして、主人に何回も「ほーら、準備万端。さすがだと思わない?」とYESを強要しておいたのです。

さて、時刻は昨日のその時間。私は、かしこまったその席で「では実印を・・・」と言われたその瞬間、「はい」と優雅に箱を取り出し、パカッとオープン!・・・・「へっ?」一瞬自分の中で息を吸うのも、吐くのも忘れました・・・「空っぽ??」狐につままれる、という言葉がありますが、その時の私は正にその通り。しかし、ここは焦りまくっては格好が悪い。自分の段取りを自慢しまくった相手の主人は「何が起きた?」と目を白黒していますが、「あると思った実印がないの!」とも叫べず(その時点では、全員がその事実を知ったのですが)、「失礼致します。ちょっと取りに戻ってもよろしいですか?」と平静を装いながらも猛ダッシュ!

幸い自宅が車で2分の場所にあった為、ダダダダダッと階段を駆け上り、「何でだ何でだ?」とドギトキしながら探すと・・・ありました、しっかり「別なケース」に。そういえば、もっと以前に「この箱はかさばるから、もちやすいケースに入れ替えよう」とした日が確かにあったような記憶。バカバカ!何で昨日、箱の中身を見なかったの!と自分を激しく責めながらもまずは良かった!とまたダダダダッと階段を駆け下りて、車で2分。どうにか事なきを得ました。

そんな時間が過ぎ、午後から夕方まで親子で遊び、夕食の買い物。そして帰宅。荷物がたくさんあった為、車のスライドドアを開けたまま、息子と家の中に。荷物を全て下ろして、室内からリモコンでドアを閉めればいいわっと、実際に、茶の間からドアを閉めてOK!
(確かにスライドドアが閉まる音がした)
そして今朝の話・・・。
若干準備に手間取り、エンジンスターターでエンジンをかけ暖気を取りながら着替え(外を見なくてもエンジン音でOK!)
そして焦りながらブーツを履いて、車の脇へ・・・。
その光景を見た私は、頭が真っ白に・・。
「ドア、ドアが開いている!!」電動スライドドアがぽっかりと口をあけているではありませんか?!私はさっき、エンジンはかけたが、ドアは開けていない!!
って事は・・・。
あぁ、恐ろしい!!考えたくないっ。しかし見回すと何も盗られた様子もないので、まずは出勤。

その車中で。そういえば・・・。前日の真夜中にフト、携帯の登録している占いサイトを「何気なく」見たのを思い出しました


「明日のあなたは、信じられないミスを連発しそう。気をつけて。」

えーーーーっ?これが一番信じられない!

[2008-02-20 12:01] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

チョコの興奮

いよいよ今日はバレンタインデー。あまり時事ネタは得意ではありませんが、チョコ病の私が、この話題に触れずにいるわけにはいきません。朝、顔を洗わないのと同じくらい不自然だわ、とコラムにしたためます。

毎年毎年チョコ売り場に群がる女性の姿を映し出すニュース。いつしか「義理チョコ」から「友チョコ」へと呼び名は代わり、今年は、バレンタインデーに自分自身にプレゼントする女性が増えた、という話題も聞きます。
いずれにしても女性たちは、この日以前に財布の紐はゆるむ一方。更に、ワインやお酒類もプレゼントされるようになり、菓子店・酒店は超掻き入れ時でしょう。

さて、プレゼントをチョコに注目して言えばこんな事が見えてきます。
友チョコ(といいながらも結局義理のチョコ)を選ぶときも、女性たちは「興奮気味」。その要因は・・・・①絶対に14日まで買わなければならない時間との戦いの中、買い物をする時の高揚した気分が一気に爆発!②個数が多ければいわゆる「大人買い」の優越感が得られる。③どんなに義理でも相手が喜ぶ顔は嬉しく、その時を想像すれば楽しくなる。④大好きなチョコに囲まれ、更にカカオ効果で興奮!?ま、④は私だけかもしれませんが、結構コレ、「わかるわぁ」という人が多いかもしれませんよ。

実際、今回私も大人買いをした一人。あれもこれも!と選ぶ行為はとっても楽しいし、興奮する行為なのですねぇ。ヒトヅマですし、友チョコがほとんどですが、遠方の親友のダンナ様に送ったり、主人の同僚の方(毎年奥様よりこちらも頂く=チョコ交換)に渡したり、と、なかなか楽しいものです。親友からは「チョットー、ありがとう!今二人で食べたわっ」、とお礼の電話が。あんたにあげたんじゃない!と思いつつそんなやりとりも楽しい。
ちなみに、2歳の息子にはチョコを食べさせたくないので「ハート型のおせんべい」を一日早くプレゼントしました。彼はただのおやつだと思って「おいちい」と即座にパリパリ食べていましたけど。
さて今夜は、主人がもらってくる(であろう)義理チョコをおいしくいただきます。
と、終わるべきところですが、ここで嬉しいハプニングが。
結構何でも話し合える年下の友人から、「友チョコ」ならぬフレーバーティのセットを頂きました。時々ランチなどで近況から未来の話ができる友達。気遣ってくれてありがとう!!

寒い雪の日、本命チョコの正統派バレンタインデーを過ごす方々を羨ましいなぁと思う反面、大好きなチョコにまつわるアレコレを考える楽しみをひっそりと味わう午後なのでした。

[2008-02-14 16:27] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

命がけの食事?

日々メディアを騒がせている「中国製ギョーザ農薬混入」事件。ここに来て「犯罪」の可能性あり?との厚生大臣が発言したりして、本当にどうなる事か毎日ドキドキしてしまいます。いつものようにスーパーに行けば、冷凍食品売り場には張り紙が。「当店では該当する食品は扱っておりません。安心して云々・・」とあります。が、安心できません!とてもとても。だってあのJTさんの「ディライト」をコンセプトにした安心と環境に配慮したCMを見たばかりだった私は、冷凍食品→環境までも網羅するその内容に、消費者としてとても信頼を寄せていたクチ。更に、「生協」というシステムも安心・安全が売りだと認識していたので(叔母などは生協でしか買い物をしない)、まさにあんぐり・・・。
普段は、冷凍食品も身近ですし、主人のお弁当の材料などでお世話になっているので、まさかこんな事になろうとは・・・。


ニュースを見ていると、中毒のひどかった一家は、本当に地獄絵図のようだったようですし、焼いて食べる寸前だった人や、食べてしまった人が妊娠中だった、など恐怖と不安の連続です。
恐怖と不安の連続??これって恐怖映画の宣伝ではないですよね。ギョーザですよね。
怖いです。本当に。
それならば、自分で全て作ればいいのかといえば、正直無理です。この時代、スローライフを望んでも特に今の我が家はスピード勝負の日々。何とか工夫しようと思えば、手作りと出来合いをうまく取り混ぜて、ストレスのない食事作りをしたいですもの。
まして、今の冷凍食品はものすごく凝っていてネーミングもなかなか。しかも凍ったままお弁当箱に入れれば3時間後に自然解凍する?何だか宇宙食みたい。しかしここまで来るとどうも私は引いてしまい、「中間」の商品を狙ってしまうのですが。

さて、日本国中、同じような考え方の主婦がたくさん居るのが実証された今回の被害の数。(偶然にも他の要因で体調を崩した人もいましたが)
今回の事件に限らず、どうか、食品会社さん・輸入業者さん、私たちに支えられて御社はあるのだという事を忘れないでくださいね。末端の家族たちがクチにしなけりゃ、あの美しく、おいしそうな湯気を立てるパッケージのイメージ写真の冷凍食品は消費しなくなり、
スーパーの売り場に手付かずで山積みになるのです。

命がけの食事なんて嫌です。
生きる源「食べる」行為に尊厳を持っていこうじゃありませんか!

[2008-02-05 17:25] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

カモーン、太陽!

いやぁ、久々に山形でも雪がどっさり降りました。文字通りどっさり!
と、言っても年々降雪量が減少している昨今。これくらいの雪で驚いてはいられないのですがね。
今、社屋から眺める景色は、夕刻という事もありますが何と暗いのでしょう・・。
灰色・黒・紫・白が微妙に交じり合っています。
雪って、晴れたスキー場等で見ると圧倒的にキラキラ金銀なのだけど、こんな時はものすごく暗い物体に変化するのですね。

我々東北地方の人間は(限っていないと思いますが)、「冬季鬱」にかかりやすいといわれています。日の出が遅いので→暗い。雪雲で空が覆われているので常に→暗い。降り続く雪のカーテンで視界が遮られて→暗い。明るくなる間もなく夕方になり→暗い。
こんな一日を過ごしていると、やっぱり鬱々としてきます。
医学的にも検証されているだけに、冬が怖い方々もたくさん居ることでしょう。

8月生まれの私は「太陽」好き。日差しを浴びると元気のスイッチが入り、あまり意味のないテンションの高さまで到達するのです。
ですから、このように一日雪と雲に覆われると、「太陽浴びて光合成したい!」と放っておかれた観葉植物状態に。
光合成できなくても「鬱」にはならないけれど、テンションは上がりにくくなる性質。それならばいっそ、その低いテンションを利用して、「しっとり」した仕事をしようじゃありませんか。
(休憩中に)同僚とくだらない事でゲラゲラ笑う代わりに、しっとりと机周辺の整理などをしてみようかしら。すごい食欲に甘んじてお腹いっぱい食べる代わりに、しっとりとスープなどで体を温めてみようかな。「いらっしゃいませっ」と、たまに掛け声のような挨拶になるところを「いらっしゃいませ・・・・」まるで着物を着たようにしっとりと楚々と挨拶してみようかな。
すると、しっとりとした大人の女性に変身した私に誰もが驚き、感心するでしょう。

あーあ、何だか書いててあまりにアホな自分にがっくり。
ダメです。やはりテンションが上がりません。
早く太陽が雪雲の彼方から、テンションを上げるスイッチを押させてくれる事を願います。

[2008-01-24 17:55] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

パンの誘惑

♪パンパンパン屋さんにお買い物~・・という童謡があるのをご存知ですか?とっても楽しい、弾むような感じ。この歌のように、パン屋さんに行くのって何て楽しいのでしょう~。
女性は「ケーキに目がない」と言われるけれど、私は、ケーキはたまに1つ食べれば良い方で、むしろパンを食している方が幸せになれるタイプ。
主食は断然ご飯党ですが、主食の要素&デザートの要素を併せ持つパン達は毎日必ず1個は消化している特別な食べ物といえます。

会社の近所にある、私はもちろん他の社員行きつけのパン屋さんは、いつ行ってもお客さんが絶える事がない繁盛ぶりなのです。店舗は南欧風の雰囲気でかわいらしく、いつもボサ・ノヴァやジャズがBGMでかかり、ところ狭し!と多数の種類のパンが並んでいます。
そう!この「ところ狭し」というのが、どうも購買意欲(食欲)をかきたてられるのよねぇ。
そのまま食べても十分味わえるフワフワの食パンから、ランチタイムにぴったりのおかずパンの数々。そしてデザートにぴったりのデニッシュ系まで、もうワクワクしてしまいます。その結果、お昼の分として買いに行っても、必ず3倍くらいの量を購入してしまう事に。先日も、各種パンでふくらんだ袋を持って会社へ戻ると、ある社員から「そんなに!食べるんですか??」と目をまるくして凝視されてしまいました。
言っておきますが、後は家族にお土産ですからね。

購入ばかりではなく、私はサンドイッチ作りが得意。ま、不得意な人はあまり居ないかもしれないけれど、その中でもなかなかの腕だと自負しています。
朝食がパンの時には、数種類のオープンサンドを作ってきますし、サンドイッチを作るときには、絶対に外さないセオリーに従い、念入りに・・。
それは必ず「パンの隅々までしっかり味をつける」ということ。カプっと頬張った時、パンの四隅がパサッとしてはイヤなので、どこから食べても「具」に行き着くのが私のこだわり。ツナマヨでも卵でもハムでもトマトでもしっかり隅まで!
イギリスの人達は、アフタヌーンティーでサンドイッチを食べるそうですが、具があっさりとキュウリだけの物もあるとか?うーん、上品。上品だけどダメだわ。どっさりとした具を楽しみたい私には断然物足りない。サンドイッチに対する考え方の違いでしょうけどね。

今は丸く切り抜いた食パンに、アンパンマンの顔を作るのが好きなのですが、食べる彼(息子)は、ホッペのソーセージだけを食す。目と眉毛の海苔は除ける・・。でも、自己満足で楽しんでいるのでいいのです。
さてさて、小腹も空きました。パン屋さんに寄っていこうかな~。

[2008-01-16 17:23] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

年賀状のアレコレ

このコラムを読んで下さっている方へ・・・本年もどうぞ宜しくお願い致します。
今年も、生活密着+少しばかりの「鋭い視線」を持ちつつ、楽しいコラムを書いていきたいと思っています。

さて、今年の弊社のスタートは1/5。この日は当然全員出勤。それぞれのお正月を過ごした社員たちが勢ぞろいです。私はといえば、主婦として過ごした年末年始の疲れ(いつもこうなります。実は年末年始休暇は大嫌い・・・)がたまりにたまり、疲労感にどっぷり漬かった顔で出勤。くそー、いつかは「エステ三昧」の年末年始を過ごしてやるぜ!と誓いつつ
平常の生活に戻ってきました。

ところで、今年は郵政民営化後初めてのお正月ということで、年賀状への力の入れようは、誰もが感じていたと思います。CMも著名人が次々出演して、年賀状を買え→書け→出せと喚起していたでしょ?
その甲斐あって、この年末年始は例年よりも年賀状の総数がアップしたとか。
かく言う私は、ITなしでは生きられない今の時代でもずっと「年賀状を書く派」です。
何故か? まずは「書くのが好きな事」が原因でしょう。あとはやはり、年賀状を書く時って、その相手の事を一瞬でも、強く心で思う瞬間であって、その瞬間は年賀状を書く時しかないから・・・言わば1年に1度だから。
正直、面倒だなぁと思うけれど、じっくりと腰を落ち着けて書き物をするなんて事が皆無な日常で、とても貴重な時間なのではないかと思うのですよねぇ。
とは言え、子どもに邪魔されるので密やかに真夜中に年賀状に向かっていたこの年末は、慌しくて、業者に印刷を依頼した写真付き年賀状に、一言書くか、書けずにそのまま投函のものも少なくなかったのです。
だけど、もっと余裕を持って一言を皆に添えればよかったなぁと反省しました。
「ナマの文字」があると、相手も途端に身近に感じてくれるだろうし。

さて、頂いた年賀状を親戚・友人・元の職場同僚・現同僚、と分類すると、特に「友人」の部分が色々変化していて楽しいものです。短大を卒業してすぐに就職した時の先輩の息子さんは、大学生!とびっくりしたり、いつの間にか子どもが増えていたり、職場復帰したり。
1年に1度のハガキは、自分(家族)の更新のお知らせでもあるのですね。

ところで、いつも連絡を取り合っている親友たちは、実に簡単な一言が多い。
A子など、「宜しく頼む」と一言。(思わず、「嫌だね」とつぶやいたのでした。)
色々ありますが、1年の自分の生き方を、年賀状の相手を思いながら考えてみるのも
いいかもしれませんね。

[2008-01-06 16:05] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

クリスマスのクルシミ

今年は、自宅でも早めにクリスマスツリーを購入して飾りつけ、会社のショップもショールームもクリスマスのコーディネイト一色となり、いつになく気分が早々とクリスマス気分になっていたこの私。
イブの日は主人も私も休日。それまでなかなか休みが合わなかった事もあり、「当日は、息子のプレゼントを買いに行きましょう。帰宅後は、ささやかなパーティかな?」などと予定を立てていたのでした。
私の飲み会や友人との会合予定もあり、「年末ってホントに忙しい」と思いながら、若干ウキウキしていた数日間・・・。

 その日の夜、いつものように夜行性?の息子を寝かしつけて数時間・・。「うーん、うーん」と寝つきが悪い時の小さなグズる声が聞こえます。そんな時は手を握って背中をトントンして、と。案の定、すぐ寝入りました。と、またすぐ泣き声に近い声が。またトントン。
そんな事を数回繰り返したでしょうか。
更に同様な事があった時、さすがに「?これはおかしい」と思い、半分眠ったままの息子を抱き上げると、いつもせがむダッコを嫌がり、「エーン」と苦しそう。そして体を反転しながらノドの奥で「グッグッ」と変な音!「んっ?吐くのか?!」とタオルで身構えた瞬間「ゲホッ」と息子の人生初の嘔吐の瞬間に立ち会いました。
その後も様子を見ていると、また1時間後に「エーン」→「ゲボッ」
これは、一時的なものではない、と判断し出社時刻に合わせて会社に連絡をして、病院へ。
先生曰く、「胃腸炎と風邪が併発した」との事。飲み薬や吐き止め薬をもらってひと安心。
その後何度か嘔吐したり、発熱したり、とハラハラした数日間でした。

そして、クリスマスイブイブの日・・。今度は主人が夜中に腹痛!どうも、感染性胃腸炎にかかったようなのです。(息子のものが感染した可能性あり)そしてかなり苦しみつつ欠勤。
私も寝不足と疲れで、食欲がなくなってしまいました。
そんな事をしているうちに、アッという間にクリスマスイブではないですか?!
注文していたケーキも誰も口にしたくなく、うどんやおかゆしかノドを通らないので、仕方なくケーキは、食べ盛り学童を抱える妹一家へと進呈。
予定していたプレゼント購入も無理無理。
ってわけで、文字通りクルシミの中のクリスマスを迎えたのでした。
世の中がきらびやかであればあるほど、自分たちの苦しさが大きいような気がする、切ない今年のクリスマス。
全員が全快したら、でっかいケーキを食べてやるっと誓ったのでした。

[2007-12-25 17:26] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

初めが肝心!

前回の主婦2コラムにて・・。そうです、「主婦2」に、超あたたかインナー(通称ババシャツ)は私が紹介しました。が、私に紹介したのも元社員。世の中冷え性が多い、という事ですねぇ。私は、冷えは万病の元だと思っているので、薄く、軽くモコモコしない「ダマール」はとても優秀。当然、まだ着ていますわよ!でも、永遠に届くダイレクトメールに幾分引き気味・・。結構高額なので、大切に着用しています。もう少し次の購入は控えさせてくださいね、ダマール様。

 

さて、そんな冷え性の話つながりなのですが、先日、風邪を引きそうな一歩手前に居ました。誰も、私を見て風邪を引いているとは思えない元気さの中、自分の中だけでの「嫌な感覚」。その感覚に戸惑った私は、前回の風邪が家族全員に伝染した苦い思いがある為、これはとっとと対策を講じるしかない!と「耳鼻科」へ直行しました。

 

会社から近い場所にあるその耳鼻科医院は、とても流行っていていつも混んでいますが、その日は空いていそうな時間に滑り込み、診察まで漕ぎ着けました。

風邪で耳鼻科?と思うかもしれませんが、鼻炎持ちで(出産後急に鼻炎になってしまった)ノドが弱い私は、ダイレクトに患部を診てもらえる耳鼻科が合うようなのです。

患者さんも、一般的な風邪引きも多いようですし。家の近所に、内科のホームドクターも居ますが、何時行っても待合室に老若男女がひしめき合うその場所に居るだけで、色んな病気を一気に吸い取りそうな感覚が恐怖で、最近は耳鼻科がお気に入り。

 

待合室で、指示通り体温計にて熱を測定・・。当然まだバリバリ平熱。でも、例の嫌な感覚は体に巣食ったままなのです。

診察室に入り、「風邪引いた?」とのんびりした先生の口調にかぶるように(いつもこうなる)「ノドが痛いのと頭痛と発熱しそうな不気味な感じなので来ました。」と一気に言うと、看護師さんが後方でクスッと笑います。しかし、今の「この」感覚を先生に全て伝えるのが患者としての私の役目、と考え、問題のノドと鼻を診てもらったのでした。

結果、先生は「ホントに風邪の引き始めだね。うがい・手洗いを徹底して。そして引き始めは、あなたとウィルスとの相性がどうかと、この期間、あなた自身がどれだけ無理をしないでいるかが重要です。」と、絶対にゆっくり休養など不可能な環境と、毎晩の晩酌?!を見透かしたようなアドバイスと、3種類の錠剤を処方して頂いたのでした。(ウィルスとの相性はウィルスに聞いてみない限りわからないとして)。 

さて、その結果・・。とにかく家族に蔓延させたくない一心で、手洗いうがいも必死。体を冷やさないように工夫をして、何とか3日目。大分「嫌な感覚」もなくなり、よしっ!と思ったのにも関わらず、お昼に飲む分の薬を忘れました。。

でも、今回の事で「何事も初めが肝心!」というのはホントだなぁ・・・と、改めて実感した事と、自分の五感を大切にしよう、と強く思ったのでした。

その五感は、自分を守ろうとする動物的感覚、といえるかもしれません。

皆さんも、体から発する「感覚」を見逃さずに「初めが肝心!」で、冬を乗り切りましょう!

[2007-12-08 17:02] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

甘い結婚

友人たちの結婚ラッシュがすごかった数年間、私はほとんど毎週結婚式場に居た時期がありました。「寿貧乏」なる言葉の通り、ご祝儀とプレゼント、お呼ばれの為の服代、そして美容院代が消える消える!でも、結婚ラッシュの時は、人の幸せとは言え、感激やら友人達に会える嬉しさで、お金が飛んでもとても華やかな日々でした。
また、友人達の場合、着飾って会場で気取っていても、途中で必ず激しい余興を繰り広げる我が仲間達としては、「まず飲んで」「チカラいっぱい余興して」「泣いて」あぁ、考えただけで目まぐるしく超多忙な2時間30分を何度も経験したのです。

結婚ラッシュは2期程あり、周囲の友人→職場の後輩達へと代わり、それも今ではすっかり落ち着いてしまいました。

そんな日々の中、先日、寿退社をした会社の後輩の披露宴にお呼ばれしました。
抜けるような晩秋の青空の下、彼女の人柄を物語るような、明るく、温かい、とても感動的で「披露宴の王道!」のような披露宴の雰囲気にすっかり幸せな気分。しかも昼間いただくお酒(ビール中心)の何ておいしい事!!
そして新婦のピンク色に染まったピカピカに輝く頬が、本当に素敵。
しみじみ、「幸せな雰囲気の中に居るのっていいなぁ・・・。」と思ったのです。

結婚生活も10年~に突入すると、何となく「夫婦」ではなく家族になり、お互いを名前ではなく、「パパ」「ママ」と呼び合う・・・どうしてもそうなりがちなのですが、時には新婚夫婦を見習いつつ、お互いを名前で呼んだり、「晩酌ビール」ではなくワインの栓でも開けてみなくては!と思う11月22日。
そう、今日は「いい ふうふ」の日なんですよ、皆さん。


[2007-11-22 17:49] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

学術的?アンパンマンの定義

少し前のコラムで、「アンパンマン」がいかに家庭に入り込んでいるか、という事を書きました。このコラムに対して社内でも反応が。3歳の女の子のパパである同僚の家庭でも、「衣食住」全てにアンパンマンが浸透しているらしく、「わかるわかる」と同意してもらいました。また、私のお気に入りのブログ(料理上手な主婦が書いている)の中でも、3歳の男の子は「アンパンマン命」なのだとか。
以前、お世話になったお客様のお子様(当時1歳)も、夢の中にアンパンマンが出現するらしく、寝言で「アンパン・・・・」とつぶやくほど大好きだとおっしゃっていました。

当然、我が家でもアンパンマン現象は継続中!
かく言う私自身も、出勤前に毎日息子のために作る朝食に作る頻度が多いのが、食パンを丸く型抜きして、ソーセージで鼻とほっぺ、海苔でまゆげ・目・口を作るアンパンマンの顔。(息子が実際に食べる時は、ソーセージから口に入れるので、すぐに哀れなのっぺらぼうになるらしいですが)
朝、時間がなくていつもバタバタしているくせに、その作業は意外にもとても楽しいものです。

さて、相変わらず商魂たくましいアンパンマンに囲まれている日々の中で、「なーるほど!!」と感心する文章がありましたのでご紹介しましょう。
子ども用品を扱うネットショップのメルマガで、「アンパンマンは何故こども達に人気があるのか?!」という定義を掲げる記事が。
よく読むと、アンパンマンは「おっぱいの法則」に即しているのだそうです。
まん丸の顔の真ん中に、小さな○の鼻。その黄金比は、まさに!おっぱいの形ではありませんか。子ども達は、アンパンマンに代表されるようにおっぱいの形に魅せられるのだとか。→その「おっぱいの法則」に基づいたキャラクター等は、子どもにも大人気なのだとそうです。
なるほどね~!!とかなり感心した私。
その黄金の法則にのっとれば、乳幼児向け商品はヒットする??ドラえもんもそうか!
私も大好きなミッフィーちゃんもそうなのね。などなど・・・。
これは、子どもばかりではないかもしれません。何故なら、コンビニで湯気を立てるまん丸でてっぺんが少し出ている肉まんなど、絶対食べたくなるシロモノですもの。その他、この法則を頭に入れながら色々な商品を思い浮かべると、かなり当てはまってくるから不思議。ヒットにも理由がちゃんとあるのですね~。
乳幼児から絶大な人気を集めようと思ったら、「まずおっぱい!」
これはアリかも。

[2007-11-08 16:29] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

激闘!イモ堀り

「畑のサツマイモが大っきくなったぞ~」との親戚の叔父の声に、これは是非行かなければ!とワクワクしていた私。もともと、自分では野菜作りはしていないし、多分将来も熱心にはしなさそうな予感。実家では、建物周囲をぐるりと樹木や花や家庭菜園が取り囲み、それをいい事に、時々収穫時を狙って頂戴するだけの「超不熱心な主婦」です。

(しかし最近、主婦である自分があまりに手抜きではないか、とコラムを読み返す度に恥ずかしさが増大してきました・・・)

 

しかし、さすがに実家ではサツマイモは栽培しておらず、イモ好きな私はその叔父の一声で「やったー」と興奮したのです。

芋掘り経験者の私としては、あのオモシロさと感動を共有したいと、「ママ友」の一人を誘い、私の休みに合わせてもらって、いざっ!!子連れで出発~!(当日は主人も休日。日頃ストレスにまみれているんだから、自然の中でリフレッシュしなきゃねっ、と半ば無理やり同行。)

※出発までに、1.親子共々汚れても良いボロ服で行く事。2.長靴持参3.当然!他の野菜ももらう事を仮定し、箱や袋をたっぷり持参する事、などの決め事も怠りなく、進めていたのでした。

 

到着したそこは、市郊外のとってものどかな場所。

いつになくラフな服装の2組の親子は、畑に降り立ちました。

友達である2歳の女の子は(息子の唯一のガールフレンドである)、つなぎのズボンにピンクの長靴を履いて、気合が入っています。ウチの息子は、年季の入ったお下がりズボンに毛玉のついたパーカーで参加。

待ち受けた叔父は、既に畑の中。1ウネの前で手製のミニ鍬も準備してくれていました。

きゃーっ早く掘りたい!興奮する私は、早速畑にGO!柔らかい土の感触を味わいながら、

叔父とその仲間の指示により、ゆっくり土を分けて→イモの頭を出し→十分表面に顔が出たところで一気に抜く!この作業を繰り返して、きれいな紫色のサツマイモを掘る事に成功したのです。

ママ友は、すかさずビデオを取り出し撮影開始!まずは子どもの「初体験」を残す、というわけ。彼女の子どもは、茶色の土の中から出てくる紫色の物体に目を丸くしています。

「オカーシャン、サツマイモダネ」と驚きながらも少しずつ土を触って芋掘りの雰囲気を味わっています。ママ友もカメラを置いて、色んな形のでっかいイモの収穫に没頭しています。

ふと振り返ると、わが主人は、ウネの最初の方で丁寧に丁寧にサツマイモを掘り起こしているではありませんか!?チョット、あまりにも遅い。次々掘ってくれ~っと思いつつ、まるで監督のように大声(歓声)で、皆を盛り上げる私。にぎやかなその様子に近所のおばあちゃん達も集まって来る始末。

 

さて、無事にすべてのイモを掘った我がチームは、イモを運び大根を抜いて、巨大な白菜やキノコまでもらい、久々に爽やかな汗をかいたのでした。

 

ところで、ウチの息子はどうだったかといえば・・・。

知らない場所に驚き、初めから終わりまで泣きっぱなしで、私にダッコし通し・・・。

10何キロの暴れる男児を抱えながら、畑の中を走り回り、大声を出し、まさに大激闘!だったのでした。

あー、疲れた。

 

※帰宅後、早速ふかして食した巨大サツマイモの甘かったこと。これですべては報われたのです。

 

[2007-10-27 14:51] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

誰かいる?

怖がりのくせに怪談話が大好きな私。人伝えの幽霊を見た!の話を披露するなんて、大好き。そして、ギャラリーが怖がるのを見るのが大好き!(悪趣味かな?)
今は、歳のせいか?その手の体験はほとんどないのですが、20~25歳くらいの時は随分色々な怖い体験を見聞き?したものです。精神的な「もろさ」があった時期からか、それとも本当に私にその素質?があったのか、今となってはナゾですが、今でも「月がきれいだなぁ・・」などと夜空を見上げていたりすると、こんに広い・もしくは終わりがない宇宙空間に生きている事自体が超不思議な事。だとすれば、霊などウヨウヨしていそう・・・。などと、宇宙と霊を強く関連づけてしまうこの性格。

更に、怖い体験は話したくてたまらないたち(性質)なのですが、書き出すよりは肉声で伝えたいのでここでは1つだけ披露しましょう。

私が通っていた短大は、ピアノレッスン室が建物の屋上に30室ほど設置してあり、そこでグループレッスンを受けたり個人練習をしていました。
ある日、私とは別なレッスン室に居た友人の一人が青ざめて話し始めました。
「ちょっと・・・、今すごく変な事があったの。」なんでも
その友人は、課題曲の練習していましたが、リズムがうまく取れずに苦しんでいて何度もやり直していました。同じ場所を何度目か弾いた時、自分以外居ないはずなのに、「誰かが」彼女の肩に手を置き、ずっとリズムを打ってくれていた、というのです!彼女曰く「そのお陰でうまく弾けたんだけどさぁ」・・・・。え~っっ?幽霊さんのお陰でうまく弾けた??と友人一同恐怖にかられていたのですが、後日談があります。
私たちが入学する以前に、そのレッスン室担当の音楽助教授がおり、とても優しく熱心だったのですが、ご病気により亡くなられていたとか。うーん、よくある話といえばよくあるけど、当時友人の体験となると、恐怖指数はかなり高かったのを覚えています。

さて最近の出来事でギョッとした事。

乳幼児や犬・猫などの動物には、霊が見えるとよく言われる事ですよね。何も居ない暗闇や空間に向かって飼い犬が吠え立てたり、赤ちゃんが天井のある1箇所を見て、まるで誰かにあやされているように笑う、とか。
遂に我が家でも同様な事がありました。
2歳になる息子が(親に似て口達者である)、「んっ?・・」と後ろを振り返り(玄関方向の時が多い)、「誰かいる??」と言うのです。「だ、だれよ~?」と恐れつつ聞くと「おじちゃん!」と?!おじちゃんって誰なのかそこまでは不明ですが、その後は何もなかったかのように遊びを続けます。
そして別な日・・・。ベビーベッドの上で寝ながら遊んでいる時に不意に天井を指差し、「んっ?んっ?」と私に何かを訴えます。「今度はだれかなぁ!?」と私ももうヤケクソ。すると彼は「おじちゃん、ヒューンって。」ヒューンとは飛んでいる(移動している)感じなのです!あー、やめてよぉと思っていたら「○ちゃーんって」(○とは自分の事)。
はぁ、我が家にはおじちゃんで、気軽に息子の名前を呼びながら天井付近を飛び回るお方が居るらしい。
当然息子は、私たちを恐怖に陥れる気持ちはナイでしょうし、純粋にソレを見ているのだから、ますますオソロシイ・・・。
きっと守護霊様だよね!と私たち大人はいいように思いこむようにしています。

そんな私も、去年、続けて祖父母を亡くし、その事はとても悲しかったけれど、いい意味で「ただの恐怖感」がなくなったように思います。
人間誰もが迎えるその瞬間の、その先を考えて私たちは生きていくのかなぁ、などと考える秋の一日なのです。そして時々「そちら側の方」の気配を感じながら・・。

追記・・私による「怪談」が聞きたい方は、どうぞ!稲川淳二さんとまではいきませんよ。

[2007-10-04 14:36] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

自慢の法則

世の中には、「自分自慢」が上手な人がいるものです。

狭くは家庭の中・近所・そして社会、友人関係。

様々な人間と関わりあって生活している私達。十人十色、という通り10人の人がいれば10通りの、100人いれば100通りの性格があり、皆んなバラバラ。

その関わり合う性格のバラバラな人間の中で、私が「苦手~っ」と心の中で舌を出してしまうのが、「自慢話ぱかりする人」です。

行動や功績が優れていて、見ていても「すごいなぁ・・」と心から感動を与えてくれる人や、本当にスゴイ!と世間に認められている人は、さほど自慢はしないもの、ではないかしら??それが、自慢話をする人は、口をついてでるのが「自分自慢」か「家族自慢」など。

それがまだ何回かなら「へぇ、ナルホドね、すごいかもね」と感心もできるものですが、実際、顔を見るたび?に近くそればかり並べられると、正直おなかいっぱい!

特に、もしかしたら、私は「聞き上手」の部類だと思うので(ってこれも自慢か?)、話していて気分が良いのか、ただバカにされているのか・・・。段々不愉快になってきてしまいます。けれど自慢人間は、困ったことに相手がうんざりしている事にすら気づかないものです。あー、何て幸せな人なんでしょう。

しかも後でよく考えてみると、大した事でなくても何でも自慢だったりして。その人はネタが尽きたら「空が青い事」も「爽やかな風が吹く事」も「自分のおかげ」とでも言いそう!!

さて、そういう種類の自慢人間を観察していて、ある法則がある事に気づきました。

自慢人間は、「他の人を褒めることができない」のです。

自慢する事と他人を心から褒める事は、反比例。絶対そう!!

これは、「絶対」といえます。

この法則を考えて、思い当たる人々を思い浮かべると本当にその通りだから自分でも面白くなってしまいます。

まるで褒めたら損するような態度。他の人が賞賛されるのが耐えられないみたいです。

 

逆に「もっと自慢していいよ」というくらい、控え目な人も居て、その「非自慢人間」は、どんなに控え目でも、じわじわとその人の真の実力や、素晴らしいところがにじみ出てきて、自然と賞賛を浴びるものです。

実際わが社にも、とても実力があって、誰もが「すごいな」と思う仕事をしても、本人は、どこか控え目でサラッとした態度です。そこがまた、周囲には微笑ましく頼もしく見えて。

しかし、単に控え目が美徳という事ではなく、「アピール」は大切だと思うのですよ。

「アピール」の意味には、【訴え、呼びかける、魅力】などがあるのですが、自分自身のやる事を周囲に訴えるには、魅力がないとねぇ。

では、自慢は?【自分や自分に関係の深い物事をほめて他人に誇ること】との意味。

ほーら、なんたって「自分や自分に関係あるもの」ですから。

私のように自慢下手な人間は、少しでも「アピール」できる事を心がけ、がんばろうっと。

 

あなたの周囲の自慢人間に、さっきの法則はきっと当てはまっているハズ!

 

[2007-09-23 10:20] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

バイブルは絵本

この秋に2歳になる息子は、絵本が大好きな男児になりました。
毎月、絵本を送ってきてくれる親戚がいたり、もともと私が好きだった事もあり、無理して与えるのではなく、「生活環境の一部」として、絵本があればいいなぁ、と思っていました。そして、それがずっと受け継がれていけば・・・
とも
しかーし!今の絵本たちの状態は、歯型がつき、ヨダレで色が変わり、ページの間におやつのカスが挟まっていたり、なかなかダイナミツクな状態になっています。
「絵本はお座りしてきれいに読もうね」的に育てていない私としては、「いいぞいいぞ、なめたり食べたり?して親しんで。」というスタンス。

今のところ、0・1・2・3歳までの絵本を中心に集めていますが、既に異常に車好きな息子は、「はたらく車」の写真絵本がバイブルとなり、もうぼろぼろ。更に、どこに行くにも、パトカーのおもちゃを抱えているので、近所でも車好きは知るところとなり、「僕が小さい時に見た本、あげるね。」と近くのおにいちゃんが車の本をどっさり持ってきてくれたり、と彼は、大変うまいアピールをしています。(ただし、掲載してある車は時代を感じる・・)

自分の経験からも、好きな絵本というものは、何歳になってもどこか心の中の支えになっている事があり、失くしてしまった絵本を本屋さんで偶然見かければ、何とも言えない暖かな気持ちになり、そしてジーン・・と心が切なくなるものです。
その気持ちの動きはなかなか心地良いものなので、感じられる環境を作ってあげられれば、そして今後も、少しずつ好きな絵本を増やしていき、彼なりの「マイ・バイブル」にめぐり合ってくれればと願っています。

世代を超えて!私も息子もお気に入りの絵本をここで紹介します。偶然このコラムを読んでくれた方、「私も大好き」と思う方がいらっしゃったら、暖かな1本の線で繋がっているようで、嬉しいです。

☆ せな けいこ 作 「あーん あん」 40年も読み継がれている名絵本。ちぎり絵調の柔らかな画風と、短くてわかりやすい内容。「泣く」こどもがテーマなので、見ている息子(泣き虫)も親近感が湧くようです。せなさんのシリーズは全てそろえる人が多いのでは?同シリーズ「ねないこ だれだ」もお気に入り。同「いやだいやだ」を購入しようと本屋さんに行くと必ず売り切れ。 
☆ 林 明子 作 「おつきさま こんばんは」大好きな作家の作品。友人から息子へ頂いた大切な絵本です。暗い夜、大きなお月さまは皆をやさしく見守る・・・。。背表紙でそのお月さまが「ベーッ」と舌を出しているのが大のお気に入りです。
☆ のむらさやか 文 「かん かん かん」色々な電車がやってくる、工夫溢れたペー
ジはめくるのがワクワクする意外性に溢れています。様々な素材で自由に作られた主人公たちは、私が見ても「なるほど、すごい」と目を見張ります。韻を踏んだ文章もこどもには心地良いみたい。

他にもた~くさんありますが、ほんの一部の紹介にしておきます。
また、機会があれば少しずつアップしていきます。
ちなみに、幼少の頃の私は、岸田衿子 作 の「かばくん」がバイブルでした。(だったらしい) いつも脇に抱えて「かばくん」と連呼・・・。今でもこの本を見るたびに、じんわりと体が温まる感じがします。

この秋、大人の私達も、自分だけの「バイブル絵本」探してみませんか?

[2007-09-12 13:00] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

レジのあの人

手抜き主婦の私でも、日々の食事作りはとても大切。スーパーマーケットでの買出しは必須ルーティンなワケです。
会社を出て、モードを家庭に切り替えた瞬間、今夜のメニューが頭の中をぐるぐる・・・。
帰宅後の家庭内運動会のような状態を思い浮かべつつ、「早く帰らなきゃ!」と焦り、スーパーの中を駆け巡る私。そんな時ありがたいのは、①早くて②テキパキした対応のレジの係りに巡り会った時!いくつか贔屓にしているスーパーがありますが、まぁ、商品自体はどこでも大差ないものです。価格が安くて新鮮な品物を求めるなら、大型市場のようなところに行けばいいのですが、毎日行くには、あの煩雑さは勘弁してほしい・・・。であれば、ある程度の広さと明るさと清潔感のある大型スーパーで買い物をして行った方が、気分的に良いのです。

それなのに、最後のレジに並べば、私の前でタラタラと商品をカゴに入れられたり、大量の商品入りカゴを2つもドンッと置くご婦人が居たりすると、「失敗!チクショー」と心の中で舌打ち100回。先日など、「ラッキー、空いてる」と即レジ係りの前に立つと、学生バイトらしい女の子が、「○○え~んで~す」というタラタラの口と手の動きで、信じられないくらいの時間をかけて商品をチェッカーに通すではありませんか!?そして案の定、私の後ろには他のお客が並び始めます。  
もう、その時の私は舌打ち200回&眉毛が吊り上るのがわかるくらいイライラが頂点に!!
一方、「いけないいけない、この人も頑張っているのよっ」と寛大になろうと努力するものの、お金を支払う段階には、その数分間の自分だけの葛藤に疲れ果て、能面のような表情に。

であれば怒りを鎮めるのに「ふんっ、ここには二度と来ないからね!」と徹底して切捨てる、いわゆる「サイレントクレーマー」にもなり切れないのですよねぇ。(すぐ忘れるから)

さて、そんな能面の表情で支払いを済ませる私に、たった一人救世主が現れました!
某スーパーに、約2年程前からその店に勤務するその人は・・・
年は26、27才、長い髪を束ねて、表情はとにかく爽やか。いつも口角が上がり、姿勢が良いので。そして何より、「テキパキ!!」何度か彼女のレジに並んだら最後、他の人には並べないくらいの心地よさ。チェッカーを通す速度も、商品を扱う丁寧さも完璧!
そして、ここからが彼女のオンリーワンなのが、金額を告げて私たち客が財布から代金を出している間に、「商品あちらにお運びしまぁす」と、袋に入れる台まで持ってくれるのです。
他の店員さんがそのサービスをしていないので、マニュアルにはないのでしょう。なのに彼女は100%運んでくれるのです。
しかも、レジだけではなく、他の仕事をしている時もキビキビとしていて、いつも感心してばかり。
素晴らしい!これがプロだわ、と彼女を見るといつも思ってしまいます。
その彼女のレジ・お客さばきが実に心地よく、いつもその列に並ぶ私。
彼女が居ない時は、残念に思いつつ、仕方なく私の中のNO.2か3の人に行くのです。
  
どうやらそう思っているのは私だけではないようです。ある日、いつものように彼女のレジに並ぶ私の前のお客さん(男性・一人暮らしと推測)が、彼女を褒めた後、何か小声で「お誘い」か「プレゼントしたい」的な事を言っていたのを聞き逃さなかったぞ!
「ちょっと!何、今の!!」と一人興奮する私に、彼女の受け答えも爽やか!「ありがとうございます!お気持ちだけ頂きます。○円になりま~す」と笑顔で受け流していました。

さて、ここで私が思ったこと。プロというのは、経験だけではなく、自分なりにいつも研究したり、できる工夫をしたりする前向きさがある人こそ「プロ」なのだ、と。そのプロだけがお客様を心地よくするのです。

心身ともに疲れた仕事帰りの買い物カゴは重く感じるものだけど、彼女を見習い、頑張らなきゃ!と心に思いつつスーパーを後にする私です。

[2007-08-01 14:50] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

アンパンマンの襲撃

もともと、あまり家庭的な奥様とは言えないのに、主婦歴だけは長くなっていくこの私。結婚当初から共働きですから、そこに甘えて手抜きし放題だったというわけです。でも、食事作りや洗濯・掃除など、「基本的な家事」は当然義務感を持ってやっていますよ。

ただ、私に大きく欠けているのは、+αの部分。いわゆる、創意・工夫がないのです。

小物に興味ナシ、「飾る」という行為は不得意、「魅せる」収納?とーんでもない!隠せ隠せっっ!とくれば、私という人となりが透けて見えるハズ。まるで体育会系のオトコか?自分一人なら、できれば何も無い・無機質な空間に身を置きたいタイプです。

 

ところが、息子が生まれて18ヶ月。現在の我が家は、どうなっているかというと、

空間を埋め尽くす、赤・青・黄色を中心とした原色のおもちゃや絵本の数々!

一瞬、目がチカチカしそうです。

小さい子供には、あいまいな色よりも、原色ではっきりと見えるものの方が分かりやすく良いのですが、疲労困憊したときなど、原色に囲まれていると気持ちが高ぶったままになってしまいそう。そうかと言って、「温かいぬくもりのあるナチュラルな木製で遊具をそろえる」系の母ではないので、「ま、いいか!」とあっさり購入するアバウトさ。

 

そんなアバウトな私につけこんで、おもちゃ売り場や通販雑誌は、楽しそうな原色遊具が次から次へと出てきます。

その中でも、何といっても原色の王様といえば、「アンパンマン」でしょう。(自分個人としては、同じ原色キャラでも、ミッフィ(うさこちゃん)が、今でも大好きな私ですが)母親になるまであまり意識していなかったとは言え、アンパンマンがキャラクターとして活躍するグッズのあまりの多さに新鮮な驚きを感じています。

実際に我が家も、彼とその彼の仲間達が、家の中を占有する割合といったら、ものすごいものがあります。ざっと数えても、息子が押したり乗ったりする車(顔がハンドルについていて、鼻を押すとテーマソングが流れる)、色んな遊びができるボックス・ぬいぐるみ数体・手で握れる大きさのプラスチックアンパンマン・お風呂に浮かぶ、車に乗るアンパンマン・顔そのものがギターになってるもの・おせんべい・カレー・ジュース・フリカケ・食器などなど。

もう、子供の衣食住を網羅する彼。(さすがに彼の顔付きの服やくつは着せたくない、とささやかな抵抗。)私には、親しみやすいあの丸顔は、とんでもなくしたたかな営業マンに見えてしまいます。

したたかな営業マンであるアンパンマンは、一過性の子供のカリスマでしょうが、子供が惹きつけられる魅力がいっぱいなのも事実ですよね。

息子も時々、ぬいぐるみをギュッと抱きしめて、チューッとしているところを見ると、だいぶ彼の魅力に参っている様子です。

しばらく続くであろう、アンパンマンの我が家襲撃を、原色の洪水とともに甘んじて受け入れようではないか、と、ぬいぐるみを抱きしめてうっとりする息子を見て決心する母なのでした。

アンパンマンの襲撃~その後~

 

前回のコラムにつけ加えます。

アンパンマンの「おむつ」購入しました。また、人の良い顔のアンパンマンにやられました。出るべくして出たとも言える商品。むしろ今まで無かったのが不思議です。

おむつかぶれやモレなどを考えると、色々試すのもムダだわ、と思っていたのに、薬局にて思わず手に取り・・・。

小さなお尻に、アンパンマンの顔をくっつけて歩く息子。

何ともキュートな姿です。

あぁ、また彼の作戦勝ちです。アンパンマンよ、今度は何の武器でやってくる?!

[2007-06-23 14:08] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

ぶれないミッチー

今年も行ってしまいました。「ミッチー」こと及川光博氏のライブに。私は音楽無しでは生きていけず、自分で、音楽に対する思いはちょっと違うわ!と自負していたのにも関わらず、何故か彼のライブに行き続けています。

 

4年前のある日、友人のひとりが、「ねぇ、ミッチーのコンサートに一緒に行ってくれない?」と猫なで声で誘ってきました。当時私の彼に対する印象といえば、「歯の浮くようなセリフを真顔で言える日本で珍しい人」くらいで、好きでも嫌いでもない存在でした。しかも、彼が歌を歌っていたともよく知らず、「行ったら後悔しそう」と渋っていたのです。2時間や3時間もの間、受け入れがたい音の中に身を置くのは耐えられない!と思ったのです。しかしその友人が、「私も去年まで同じだった、でも、行ったら一瞬で変わったの!」を何回も繰り返すので、「じゃあ、ライプの後ビールおごれよ」と脅しつつ、会場へ向かったのでした。会場に着くと、こんなにミッチーのファンが存在したのか!というくらい、うようよとうごめいていて、何だかまた不安な気持ち。かなりコアなファンらしき人たちの服装もちょっと怖い(半裸もあり)。この時点で私は引き返したい気分。ビールなんかおごってもらわなくていいから、断れば良かった!と思いつつ、しぶしぶ座席へ・・・。友人は「ミッチー、素敵よ」と熱に浮かされている様子。おかしい、私はこの場で絶対に浮く、浮きまくる、と確信しました。そうこうしているうちに照明がダウンして・・・。

 

さて、約3時間後・・・・・モノの見事に一瞬で変わった私は、超ご満悦でビールを飲みながら、今体験した素晴らしいミッチーワールドを収まらない興奮とともに回顧したのでした。

何が素晴らしかったと思います?冷静に分析しますと、①彼はアタマがいい。回転が速いので、しゃべりの中身が「ものすごく」面白い。②フルバンドを従えて堂々とやってしまうあたり、自分で自信を持ってやっている→だから会場の私達は安心していられる。③飽きさせない工夫が随所にあり、テンポが良く、正にミッチー遊園地状態。④同年代のため、つい応援してしまう。

こんな分析は要か不要かは別として、自分でも書き出してみないと、何故突然惹かれてしまったのかわからないのです。それくらい不思議な時間でした。

 

完全に魔法にかかった私は、究極のストレス解消法を見出したと思います。

そして、「私もまだ大丈夫だ!」と体力に自信を持つ事ができました。3時間立ちっぱなしで踊っても!平気だからです。(:過去コラム『Dの誘惑』参照)

 

今年のライブで彼が言った事。「僕はぶれないんです」云々・・。そう、あのキャラクターを維持していくには、色々大変だと思うのですが、芝居と歌(ライブ)2本立てでずっとやっていくそう。その芯がぶれない所に、私のような食わず嫌いだったファンをはじめ、元々のファンの人も惹かれるんですね。

んっ?これって、普段の私達の生き方にもいえることでは?

適当にチャラチャラやっていては駄目なんですね。信念を持って1つの軸をぶれずに自分の手でしっかりと持たないと。

彼は、おちゃらけて「ミッチーはね」などとTVで言っているようでいて、実は目は真剣ですから、チェックしてみてください。

 

今回は、コラムを書くまで時間かかりました。勇気が必要でした。

かなりカミングアウトしなきゃならなかったので・・・。

[2007-05-29 16:00] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

時代は筆字?

今、書道教室が大人の習い事のブームなのだそうです。テレビの番組で、20代からの女性を中心に教室によっては、満杯状態とか。
何でも、「カリスマ書道家」と呼ばれる若いイケメンの書道家達の台頭で、「堅苦しい」とか「古臭い」というイメージがなくなり、女性たちは「以前にも習っていたけど、今、習って初めて楽しい!と思えます」と生き生きと話していました。
そりゃそうでしょう、イケメンが間近で手取り筆取り?ご指導してくれるんだもの~。
でも、どんなカタチであれ、伝統文化に生き生きと触れている姿は素敵に見え、私も書道教室に通いたくなった程です。
思えば私も、小学生の時友人と連れ立って、小さな書道教室に6年生まで通っていました。そこは、少し体のご不自由な先生が、10帖ほどの和室の上座にどっしりと座っていて、私たち生徒は手本に従い黙々と課題の文字を書き、自分で「これがいい」と思うものができた時に、先生のところへ見せに行き指導を受けていました。
当時50歳代だったであろう先生は、声が大きく、躾に厳しく、挨拶からビシビシ指導されました。自分でいいなと思った文字が書かれた半紙を先生に出しても、「ダメだ!ここをもっと丸く!」などと叱咤されて、スゴスゴと自席へ。そしてまた何度かチャレンジして、最後に「ヨシッ!これでいいっ」と花丸をもらう嬉しさは格別でした。先生は、厳しいだけでなく、クイズ形式で文字の意味などを教えてくれ、またそれが楽しかったのを覚えています。周囲の生徒たちが、どんどん「ヨシッ」と言われるのに自分だけがまだ・・・と
焦ったり落ち込んだりしても、不思議と続けたい教室でした。
だいぶ年月が経った頃、風の噂で、先生が亡くなられた事を聞き残念に思ったものです。

さて、今は巷で筆字の商品が多いのだそう。
スーパーやコンビニに行って注意深く見てみても、結構たくさんあるものです。代表的なのはお茶のペットボトル。他にはカップラーメンやパンにも。意図としては「素朴であったかい感じ」があるんだそうです。確かにそうかも。いかにも素人が書いたような文字が並んでると、食べ物であればおいしそうだし、何か安心するのでしょうね。
今後、色んなジャンルで筆字文字が出現してくるのでしょう。筆好きな私としては、嬉しい限り。きっとまた単純に売り手の作戦に乗って、筆字の商品を買ってしまうのでしょう。

余談。その昔。私の友人がコワモテのヤ○キー風の男性と付き合っていました。初めはものすごく怖い人なんだ、と警戒していましたが、何とその男性は「書道」が趣味と聞かされびっくり!「半紙を目の前にして正座すると落ち着くんだ」という彼に、「意外だけどすばらしい!」と急に「いい人じゃない」と友人に言ったりして。

一人でじっくりと心を落ち着けてやるにはうってつけ!
あなたも書道やってみませんか?

[2007-04-09 13:11] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

奇跡は起きない!

天才型と努力型で言えば、私は絶対に天才ではない、でも、努力型とも言い切れない?どうも最近「半端だわ~」と自分にうんざりする事が多いのは、トシのせいかしら?
そんな今の状態のまま、私は冒険をしてしまいました。
私には「生きがい」とも言える趣味があり、それは既に35年以上・・・。それは、ピアノなのです。物心ついた時から傍らにあったピアノ。毎日毎日の練習は、とても単調で、遊びに行きたいのにレッスンが終了するまでダメ、という子供ながらに厳しい状況でしたが、不思議と辞めようとは思わなかったのですね。多分、止めてしまったら最後、私の中の「核」みたいなものが、消滅してしまいそうで不安だったのだと思います。
熱心に指導して頂いた先生たちには申し訳ないのですが、所詮、超技巧には程遠く、「音楽家になりたい!」などという小学生の時代の夢は、いつしかあっさり消え去りましたが、その後の学生生活・社会人になっても、「ピアノを弾く」という自分の「核」はずっと大切にしてきたつもりです。
しかしある時、自分の好きな曲を楽しむだけではいつしかピアノに全く触らなくなるかもしれない!と気づき、再度指導を仰ぐ事になりました。これまでとは全く違うジャンル・そして指導方法。でも、「大人になってから」の自分は、違う世界でのピアノを心から楽しむようになったのです。
結婚を機にまたレッスンは中止。そして30歳を過ぎてからまた、「やらねば」と発奮。そして、今度はスクールに通い始めました。そこでは、子供たちはもちろんですが、社会人のレッスン生が多いのにびっくり。それぞれ多忙な日々を送る中で、生活+αの部分を楽しんでいるのです。
スクールでは定期的に「発表会」が開催され、各自がいわゆる「練習の成果」を発表します。しかし裏を返せば、成果を発表するか・練習不足の自分を人前にさらけ出すか、という究極の選択を迫られる事でもあるのです。
「発表会」という1つの目標は、私たちを奮い立たせて、自宅での自主練習にも熱が入ります。私たちレッスン生たちは、何度も顔を合わせたり対外的なコンクールにチームで出場したり、と次第に仲良くなっていくし、それにつれて無様な姿は見られたくない!という思いが強くなりますし、いい意味で「負けたくない」とライバル心も芽生えるもの。
それに、会社員の自分でもない・主婦でも母の自分でもない・一人の表現者としての自分が数分間ステージに存在する。それは、私にとって何にも代えがたい大きな事なのです。
だからこそ、成功させたい!完璧に演奏したい!という望みを持ちつつその日を迎えるのてす。
さて、目標の日程が近付くにつれ、私のスケジュールは変化します。
普段なら会社が終わり帰宅し、家事をして・・・ここでビールを1杯!といくところが、
いそいそと自主練習を始めます。体がリズムやメロディーに乗ってくるまでには、若干の時間がかかりますが、曲の仕上がりが完成形に近付くと、体は疲労してもとても心地よい
感覚にとらわれて身も心もテンションが上がり続ける、この不思議感覚。
更に当日が近付くにつれ、私の頭の中では24時間ぶっ続けで、自分の弾く曲が流れるくらい没頭することになります。そして、本番では「ここまでやった、あとはミスしたらそれは自分の実力だ」と割り切るくらいまで練習して臨むのでした。
ところが!今回の発表会は、出演する事自体に無理があるくらいに練習していなかったのです。言い訳はたくさんあります。時間が作れない、子供にピアノを取られる・・・などなど。そして実際、当日を迎えてみると、自分の中での完成度は70パーセント以下。しかし、何故私は出演しようとしたのか!それは、ある意味冒険・実験でもありました。この練習不足のままで果たしてどの程度のチカラを出せるのか、もしかしたらこれまでの積み重ねた実績で、何とか奇跡は起きるのかも・・!と小さな望みを持って当日を迎えました。
自分の出番は当日のプログラムにて知る事となり、一気に緊張は高まります。一人、また一人と演奏は終わり、他の人の曲に合わせてカラダでリズムは刻むものの、頭は「やばい」「指が動かなくなりそう」などとマイナスなイメージばかり・・。そしてとうとう自分の番。他の出演者の目が突き刺さる。先生は「さぁ、行け!」という目で合図を送ってくる。何度経験しても、本当に緊張する瞬間。そしていざ曲がスタート!今回はジャズのバラード。自分がこの曲に込めた気持ちを前面に「愛情を持って弾こう」、と自分を落ち着かせ、深呼吸とともに私の時間が始まりました・・・・。
さて、結果は??「70%は70%!」当日100%になる事はあり得ない、という事が実証された数分間でした。当然、奇跡は起きません。
あーあ、結局、そんなものです。日々少しでも良いから地道なスケール(音階)練習をした者勝ちなのです。
私は思いました。自分を表現するには、コツコツとやる事が先決。今に見てろよ、奇跡ではなく、軌跡を残してみせます、近い将来!?ね。

[2007-03-15 15:23] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

ある商売

前々回のコラムで、下世話週刊誌を読みふけった云々・・・の話をしたのですが、先日、また美容院に行き、前回と同じ行動を取った私。しかし今回は、「鏡の中の自分をよく見ながら」週刊誌にも没頭したので、ストレスなく帰宅する事ができたのです。

その女性週刊誌の中で、とても心に突き刺さった記事があり、何日か経った今も印象に残る内容をご紹介しましょう。
その記事は、ドキュメントとして特集ページとして掲載されていました。
それは「遺品整理・処理」を職業としている起業者の紹介。
家族に看取られながら安らかに人生の幕を下ろした人々ではない、非業の死(孤独死・自殺・殺人など)を遂げた人々の遺品や、死の現場を片付ける専門業者です。
例えば、誰からも知られずにひっそりと孤独に死を迎え、家族からも近所からも気づかれる事なく、それこそ無残な姿になってから発見された老人の部屋。
写真も掲載されていましたが、文字通り足の踏み場もない部屋の中、そしてよどんだ空気、遺体の跡が生々しい畳・・・・。そこはまさに「生きていた証」さえ無かったかのようです。その悲しすぎる現場を、黙々と処理・清掃するその業務は、いくら「商売」とは言え、やり切れない思いだと察するのですが、その社長は淡々とその現実を見つめつつ、依頼された業務を遂行するのです。
孤独な老人の死の現場処理を終えた社長が、「この故人は、1年365日の内いったい何日、人と話した事があるのだろうか、そう考えると胸が痛む」と言われていました。
その他、自殺や殺人といった特殊なものから、突然死により生前隠していた奇妙な趣味が露呈してしまったり、とかなりヘビーなケースばかり。
「何でもかんでも商売にする」と言えばそうかもしれませんが、この社長に仕事を依頼した事によって、心からホっとする遺族が居て、当の故人も他人とは言え手厚く処理してもらえる事で報われる、そして借りていた部屋の家主も助かる、という、大変大きな結果が生まれているのです。
起業当初は、日本では初めての業種で全く相手にされなかったのが、このような地道な業務の遂行により、信用を得て、今では各地に支社を持つまでになったようです。

また、私がこの記事を読んでいて何故か温かいものを感じたのは、きっとこの社長がギラギラとした商売魂だけではなく、大きな温かな心の持ち主だからなのではないでしょうか。「人間の死」という、重いテーマの中での商売。悲しみや驚愕や憎しみ、様々な負の感情が渦巻く中、信用を得ていく事でいつしか堂々とした1つの業種として、押し上げた功績は大きいと思うのです。
読めば、前職の運送会社では大変な努力とリーダーシップで業績を挙げていたとか。
なるほど・・・ただ、漫然と成功する事は皆無だな、と思い知らされた私です。
今後、今まで考えもつかなかったこのような商売が増えてくるかもしれません。時代はアイディアと商魂!その中に、人間が人間を重んじる・・・その気持ちが根底にあれば、その商売は、きっと成功する・・・そう思えるのでした。
こうしてみると、女性週刊誌もなかなか・・・芸能の話題だけではないのですよ、世の男性方!

[2007-02-11 16:27] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

安・安・安

それにしても渦中の「発掘!あるある・・・」の影響は、多大なものです。
私は、あの騒動のさなかに、行きつけの大型スーパーに行きましたが、そこは普通に納豆が鎮座し、普通に買い求める人々が居ました。問題の放送の直後はもしかしたら品薄になっていたかも知れませんが、「日常食としての納豆は健在!」と妙にホッとして帰宅したものです。
以前のコラムにも書いた通り、私は自他共に認める納豆好き。
そんな私は、単なるブームで(しかも捏造で!!)愛する納豆が余ったり、捨てられたりしたら、それこそ忍びない、と心穏やかではないのです。

しかし、人間の心理とは面白いもの。人気番組での紹介とあらば、たちまちアッと言う間に人間の行動力を突き動かすものなのですねぇ。
しかし私ならば・・・「次の日に買い求めたら、店や周囲の人に『この人はTVを見て買いに来たのね、痩せたいのはどこなのかしら?』などと思われるのでは??」と実に小市民的な考えで、逆に近づきませんね。
そして、必ずアッと言う間にブームは去るはずだから、ゆっくり買いましょう、と思うはず。いい意味で「私は流されない」と自負しつつ、今回の騒動は実に興味深く推移を見守っています。
何故、あんなにブームになったのか?と、私なりの考察。(TVやニュースでコメンテーターが言う事と、重複していたら悪しからず・・・。それを盗用していませんから)
1. 普段からの人気番組内での取り上げであった。2.何せモノが「納豆」。安くて手頃で身近。3.必ずと言っていい程、家庭にある常備食である事。 4.「食べて痩せる」というちょっと考えればわかりそうな簡単過ぎる実行内容。
(こうやって書き出してみると、納豆ばかりに当てはまるものではないですね。例えば、「海苔」でも「豆腐」でも「卵」でも良かったような。)
また、何回も色々なものがブームになる時に、根底にあるのは「安・近・短」ならぬ「安・安・安」ではないでしょうか!
安くて・安心できるもので・やり安い(本当は易い?)  
でもこれって、人間としていつも欲しいものですよね。これにぴったり合えば、何だって「良いもの」に変わっていく。
この心理にうまーく入り込んだのが、あの番組。でも、ちょっとやりすぎましたね。データを改ざんした時点で、発信側は「バレる」と気づくべきでした。

好対照なのが、かの「みのもんた」さんのいわずと知れた昼の番組。あれも、世の主婦や、人生経験豊かな、見る目厳しいおば様方を納得させる内容ですが、決定的に違うのは、番組の中で紹介する食材や情報を発信する時、必ず「専門家」や「医師」がそこに居る、という事なのです。データだけを見せるのではなく、その道の専門家が、自分の口から効用等を発信するシステム。これにより、「安・安・安」にプラス「確信」があるのです。だからこそ、様々な事があっても長寿番組として成り立っているのですね、きっと。

色々書きましたが、結局、私たち人間は「影響を受けやすい生き物」であるという事。
影響を受けようとする時、今回の納豆騒動を思い出し、自分の中で選別してみましょ。
第二の納豆を出さないためにも・・・。

[2007-02-01 15:23] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

よく見よ!

新年、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します(このコラムを読んでくださった方へ)。

私の行きつけの美容院は長年通っている地元では老舗のお店です。そこは数店輔展開していて、スタッフも長年勤務する人が多く、その安心感もあってか客層は、学生からおば様・おばあ様までと幅広いのが特徴です。店舗内は、流行の「とってもお洒落な雰囲気」ではないものの、スタッフも気心知れた控え目な、感じの良い女性スタッフが多く、なかなか居心地が良いのです。そこでは、初めに行ったときからの担当の女性が対応してくれ、私の髪質から体調からを知りつくしているので、その日の目的~切るのか・カラーリングか・かけるのか・・・を伝えると私は雑誌をガンガン読み漁る行為に没頭するのです。ゆっくり読書タイムが取れない普段のストレスを解消すべく、最高のリラックスタイムを満喫。最近はお店のスタッフも、私のあまりにも真剣な雑誌を読みふける姿に恐れをなしてか、あまり話しかけずに、「これ、新しい号ですよ」と新たに置いていってくれるという感じ。
そんな中でもその女性担当者は、私の希望をほぼ叶えてくれるので特別注文を色々つけなくても大丈夫だったのです。
この年末もそこを訪れ、スタッフと軽口を交わしながら、リラックスタイムを過ごしていた私。ただその日は、伸びきった髪をバッサリと切り・染めて、身も心も軽やかになろう!と決心しての事だったので、いつもよりは色々と注文をつけて、以前気に入っていた長さの写真を持って行きました。そして、いつもの読書タイム。普段の生活の忙しさから、その日は特に「ベタな女性週刊誌」が異常に読みたくなり、ものすごい集中力で少々下世話な内容を楽しんでいた私。
途中、髪を染めてからシャンプーをして、いよいよカット・・・というところまでは鏡をチェックしていたのですが、その後は頭皮と髪を適度に刺激された心地良さもあってボーッとしながら下世話週刊誌の世界をさまよいつつふと我に返り、目の前の鏡を見ると!そこにはあまりにも短くカットされて、まるでマッシュルームをかぶったような自分が、下世話週刊誌を手にしたままショックのあまり目を見開いたまま映っているではありませんか!「えっっ!ちょっと待って!」と心で絶叫し、一気に覚醒して「だ、だいぶ短くなったね・・」と震える声(多分)で担当者へとかすかに訴えてみたものの、もう遅い。しかしこのマッシュルームでは許容範囲を超え過ぎている!と数十秒間、実に色々な事が頭をよぎり・・・。
いつも愛想のよい客である私も、さすがにその日は無表情になり、しっかりと希望を伝えつつカットに立ち会わなかった自分を責めつつ店を後にしたのでした。
その私を見て、周囲の反応は賛否両論。しかし、諸手を挙げて「いい!」と言う人は無く、なぐさめ半分のような気もします。自分の中では「否」「否」「否」。
マッシュルームはその後、だいぶ伸びてはきましたが、鏡を見るたびに「何故こうなってしまったのか」を思い、苦々しく今回の失敗を振り返る日々が続きました。
しかし、これを教訓に「何事もしっかりと見ろ」という事なのね、と前向きに考えるようにし、「髪を切る」という日常的な行為1つにも、「伝達力」・「注意力」・「確認する目」が必要不可欠なのだと、改めてわかった貴重な日々でした。

皆さんも、美容院での週刊誌一気読みには十分ご注意を・・・!

[2007-01-06 15:44] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

ピンクの手帳


世間がクリスマスだ年末だとソワソワし始める頃に、文房具店には来年の手帳や日記コーナーが出現します。真新しい手帳や日記帳は、堂々と平積みされて新しい年の年号が輝き、何だかその場所だけが、時代の先端を行っているような印象さえあります。
見本品の他は、しっかりと透明フィルムでコーティングされているものが多く中を見る事はできませんが、品切れになるものも多く、好きな手帳を見つけるには早い時期の方が良いようです。自他共に認める文具好きな私は、勿論毎年の手帳購入は一年の行動計画(?)
に入っていて、その年によって時期は異なっても、必ず12月中には購入して来年に備えています。手帳購入は、もう10年くらい続いている自分の行事ですが、時々以前の手帳を見返すと、その年の自分がぎゅっと濃縮ジュースのように出てきて、他の事ができなくなるくらい集中してしまいます。日記を書かない私は、手帳の数センチの幅にミニ記録をつける事が多いので、これが数年間の私の生きた証(少し大げさかな?)となっているのです。

別に会社で使用するものは、「不動産手帳」と呼ばれる、会社が所属する宅地建物取引業協会発行の、まさに「質実剛健」を地で行く手帳。ポケットにも入るその大きさですが、内容はシンプルながらとても使い勝手の良いものです。1週間の欄の他に巻末には、不動産に関する常識・知識を盛り込んであり、困った時に開くと安心な、いわゆる業界手帳です。営業職の社員たちは、もっと大きくて、ノートのような手帳を抱え日々走っているのですが、私は長年使い慣れたこの手帳が会社ではとても使いやすいのです。
ただ、あくまでもこれは「仕事用」。プライベートは違う私で居たい、とアピールするわけではありませんが、バッグの中にはいつも入れていたいグッズです。

今、会社でもスケジュールはPC管理になり、自分の行動記録もしっかりとデータ管理される時代。今後ますますそのようになるでしょうが、そんな中でも自分のプライベートな行動や記録は、好きな時間にゆっくりと組み立てたり、反省したりしたいのです。

しかし今年は、慣れない子育てと仕事により、「自分の時間」というものを全く見出せず、自分の手帳を開く事はほとんどなかった私。今見返すと、白紙ページばかり・・。しかし!そう、去年から今年にかけては特別に毎日の「育児日誌」をつけていました。普段子供を見ていてくれる姑に昼間の出来事を書いてもらい、帰宅後私が読み返し、自分のノートに写す・・・という作業をずっと続けています。かなり面倒な作業かもしれませんが、姑は「ボケ防止にいいわ」と言ってくれますし、私は私で一日の子供の様子がわかり、昼間見ていない時の彼の行動や食べた物・量などを書き写す事で、何とか毎日の成長に、私が追いついているような・・・。
そんな事も続けながら、来年は、自分だけの計画や反省や、そんなものを手帳に書き出す時間をたくさん持ちたい、と思います。

毎年、手帳の形態は同様ですが、カバーの色はカラフルにして、気分を年毎に変えています。おととしは黄色、去年は赤、今年は水色でした。そして、来年の自分の為に購入した手帳は、ピンク色。このピンク色を開く時、楽しい計画や素敵な思い出が書ければいいなと思っています。それでは、まずは、年間計画から立てましょうか。んっ?新年会?まずはそれからか!

[2006-12-28 15:37] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

どうして?

毎日毎日、テレビで流れるニュースは目を疑うようなひどいものばかり。
年の瀬という事もあり、これから毎日、センセーショナルなニュースばかりが取り上げられるのでしょう。

その中でもやはり目を引くのは、「教師の不祥事」「いじめ」「虐待」「自殺」というキーワード。何て悲しい文字たち!
本来、子供たちの憧れ・畏怖の象徴であったはずの教師という存在は今や、こともあろうにいじめ側に回ったり、性犯罪に手を染めたりと、常識の範囲を超えてしまったようです。
私の「先生」というイメージは、小学校でも中学校でも、怖くて、厳しくて、時には頭をたたいたり「アホッ」と怒鳴られたりするのが当たり前!しかしどんなに怖くても誰かが怒られても、立たされたりしても、先生は先生。頼りにしていたし、卒業時や学年が変わる時は悲しくて泣いたものです。今は?先生の存在って?もはや存在すらあまり見えてこないような感じが、とても不思議で不安でもあります。その上、怒るのではなく「いじめる?」「子供を性の対象として?」全く考えられません。そりゃ、感情のある人間ですから、気分が悪い日があったり贔屓などはあるかもしれません。でも、子供をいじめるなんて・・言葉が出てこなくなります。全ての教師がそうではないと思います。けれど、あまりにもひどい日々の事件には、今後全ての教師を尊敬の気持ちで見る事ができる日がくるのだろうか、と疑問にさえ思います。子供たちと接するという事は、その子の人生の一番キラキラした時期を請け負う、という事だと思うのです。どうか先生方、そのすばらしい瞬間を大切に子供たちと過ごしてください、とお願いの気持ちで画面を見つめてしまいます。

他のキーワードに関しても、最近はさらっと聞き流したりできなくなる話題ばかりです。皆の心がガラスのようになってしまったのかなぁ、割れやすく割れたら最後、すぐ突き刺さってしまう。修復はできないのでしょうか?心が凍りつきそうなものばかりで、1つ1つコラムに取り上げて文字にする事すらきつくなってきました。

6月に亡くなった私の祖母が、ひどい出来事などをニュースで見ると必ず、「世は末じゃ」と冗談ぽく芝居がかった言い回しで嘆いたものです。ますますひどいニュースを見聞きしたら祖母は何て言ったのかな、と考えてしまいました。
でも・・人間は人間。必ず誰かは味方であり、手を携えてくれる人は居ますよね。「絶対」その手の温もりを信じて、「世も末じゃ」→「でも捨てたものじゃないよ」に変えていきたいものです。

次回のコラムは、もっと楽しい話題ができますように・・・!

[2006-12-10 15:12] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

「月」を買う

澄んだ空気の中で見上げると、「青白い月」がもの凄い自己主張をするこの季節。燃え盛る太陽とは違い、何故か心が静かに沸き立ってくる・・・。
満月の夜に殺人事件が起きたり、出産が月の満ち欠けに関係しているというのも有名な話。
科学的根拠があるものもないものも、月に関する事はまことしやかに、そしてひっそりと何かが静かに起きたり語られたりするものです。
いにしえより、「月がきれい」とお月見をする風情あるその行為の裏には、何かがあるのかも・・・などと考えてしまう程、月は私たち地球人にとって、怖いくらいに惹かれてしまう何かを持って、宇宙から冷たい表面温度でもって今夜も微笑んでいます・・・。

月を考えていたら、あるHPにたどり着きました。
「あなたも月を買いませんか?」アメリカの会社が開設しているHPで、そういえば何かで耳にした事はあったのですが、実際しっかりと見たのは初めてでした。
内容を一読したところ、「月は1エーカー(1,200坪)でネット価格2,700円」!初めは、単位の間違いかと思ったものの、何度見ても2,700円です。私の心に「!!!」と閃光が・・・。普段、セールスの電話や訪問販売の対処はうまい私ですが、今回、何故かこのHPに目が行き、「万一だまされてもいい、月を見る度にまだ見ぬ私の土地があると思うと、毎晩、月を見上げる楽しみがある。それに、安い!」と考えたわけです。
毎日、1000万円~の土地や建物の価格に囲まれている環境では、1200坪で2700円?坪単価に直すとナント2.3円弱なのです。地球上ではあり得ないこの坪単価!不動産業者の一員として、「地球外不動産(というのだそうです)」を購入してみても良いのではないか、と何につけて即決がモットーの私も、多少の時間悩みました。
そこへ、同僚T氏登場。普段から芸術やロマンを追い求める彼に話したところ、案の定目がキラッと輝き、「オレ買うっ」と言うのです。あまりの即断に「負けた」と思いつつも、一応概略を話しして納得の上、彼は数日後その会社から「月購入に関する証明書」を受け取る事になりました。しかも、行き付けの飲み屋さんで、かなりの話しのネタになった、それだけでも収穫だとニコニコなのです。
多少ズルい私は、彼の購入→証明書到着までを見届けようかな、などと思っていたのですが、飲み屋さんでの話題はともかくとして、謄本もなく何の保証もないのですが、遠い遠い宇宙で冴え冴えとした光を放つ、あの月が身近になる代金としては、満足度は高いと判断し、今週遅ればせながら購入を試みます。

セコい話になりますが、これが27000円なら買わないのです!ここがこの会社の上手なところと思いますが、まずは月の分譲地1200坪の事実上のオーナーを目指してみますか。
ところで、会社でこの話題になった時、面白い現象がありました。そこに居合わせた他の社員に「月を買うか?」の問いかけをした時、全く無関心な人・完全に疑ってかかる人・権利がないものは信じない、と言い切る人・面白いと関心は示すがそこで終わる人・・・等、十人十色でした。
「みんなロマンがないぞ!」と思いながら普段地球に住む自分を月から見下ろしたような、不思議な感覚にとらわれつつ、多分一生訪れる事のない自分の土地に思いを馳せる私です。

[2006-11-13 14:57] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

森 瑤子について

森 瑤子という作家の小説を愛しています。
出会いは20歳の頃。親友が「これ、読んでみて」と差し出した1冊の文庫本でした。
その頃は、私の人生において岐路に立たされた時期。卒業、就職、初めての仕事での失敗・・。そんな日々を送る中で、森 瑤子に出会い、大きな衝撃を受けたのです。

本好きの人間には、だれでも一人は「偏愛する」小説家が居ると思いますが、私はあの時期に彼女の本に出会った事で、確かに衝撃を受け、現在までその衝撃とともに読み続けているのです。
森瑤子が描くのは(書くというより描く)、「男と女のこと」。自分でも、それしか書けないのだ、とエッセーでも言っていますが、こんなにも男と女の、全て奥の奥まで入り込む事ができる人はいるのだろうか、読み進む内に胸が痛く締め上げられるような文章表現はあるのだろうかと思います。

小説やエッセーの解説は、プロや他の森瑤子中毒読者の個人HPにお任せするとして(熱くなりすぎて読む側は疲労するでしょうから)、「彼女の事」を一部だけ書きたいと思います。

彼女が始めて小説を書いたのは、35歳くらい。それまでは、イギリス人のご主人と3人の娘の世話に追われる専業主婦でした。が、日々の生活に鬱々としたものを感じ、これで良いのか、と焦燥感に捉われていた時期に、版画家の池田満寿夫が、芥川賞を受賞したのに衝撃を受け、「版画家に小説が書けて、私に書けないはずがない」と思い、憑かれたように書いたのが、処女作「情事」でした。その小説が文学賞に入選して、彼女の華麗なる小説家人生がスタートしたのです。私は、その「情事」を親友に借りて、小娘20歳が頭を殴られるように衝撃を受けた、というわけです。
そもそも森 瑤子は東京芸大でバイオリンを専攻して、素敵なイギリス人のご主人が居て、料理上手・週末は別荘でパーティ、友人には、建築家や音楽家などがたくさん居て、傍から見れば普通の主婦といっても、都会の真ん中でお洒落に人生を送る華やかな女性だったのです。
その彼女が焦燥感にかられて居ても立ってもいられなくなって、というのはいったいどういう事なのでしょうか。
自分の置かれている状況に満足する事なく、常に渇望している人生。女性として、共感もできるけれど、なぜそんなに?いいじゃないですか、とも思ったり。

しかし、常に満足する事のない彼女だからこそ、何年も読者の心を離さない存在で有り得るのでしょう。
友人達も何故か、森 瑤子に捕らえられていて、今でも「森 瑤子のあの小説にこんな言葉があったけどさ」と会話の中にしばしば出てきます。

小説は、絵のない世界ですが、彼女の文章により、その光景はくっきりとした形でしっかりとした動画で私の頭に浮かんで来るのです。

彼女の友人達や、愛した物を彼女の目を通して好きになったり、と、自分とはまず程遠い世界が垣間見れるのも、偏愛した結果でしょう。
橋本シャーン氏(挿絵画家)、鈴木エドワード氏(建築家)、ディオリッシモ、スコーン、冷やしたジン・・・。そして、与論島。

きっと、私はこの小説家であり、颯爽とした格好の良い大人の女性に、これからもずっと影響を受けながら生きていくのでしょう。
少しばかりの焦燥感を持ちながら・・・。

深い秋の日、今は亡き、彼女の小説をまた開きたくなりました。

[2006-10-20 17:01] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (1) ]

ビールと断酒

私がお酒を口にするようになってから何年が経つでしょうか?(正直な話、未成年の年から既に口にしていた記憶がありますが・・・。)そんな、只の「勢い飲み」時代を経て、本格的にお酒の味を楽しむようになったのは、30代になってからです。お酒の種類は様々あれど、私の好みは断然「BEER」です。四季を問わず、苦く、しかもほのかに甘い、炭酸の効いた液体がのど元に流れる瞬間、すべてのイライラが消え去ってしまう気分。この快感を追い求めてしまうと、恐ろしいアル中になるのかも・・・と真剣に自分を戒めた時期もあった程です。
ところでビールというものはCMに多く見られるように「ゴクッ、ゴクッ・・プハ-ッ!」的な擬態語が通じるのは初めの3口くらいで、その後は急にお腹が膨れてしまい、あの強烈な快感は味わえなくなるのが通常です。それなのに、ビアガーデンなどに行こうものなら、元を取らなきゃ損!とばかりに何度もジョッキを無理やり空け「苦しい、飲まなきゃ良かった」と後悔しながら帰路に着くのもよくある事。
しかし、チビチビと飲むのは、美味しさ・見た目も似合わないのがビール。グラスの3分の1くらいに、気が抜けた液体が濁りつつ残るのは、物悲しささえ感じてしまいます。ビールを愛する者としては、許しがたい光景です。私は、もちろん「ゴクッ、ゴクッ、プハーッ」をずっと続けられる2杯から3杯でインターバルを取り、チビチビ飲んでもサマになるカクテルに切り替えても最後はまたビールで締めくくるのです。
しかし、30台にてビールを味わう事に心力を注いだ結果、とある問題点に直面しました。
それは・・・「ビールには腹部を膨らませる作用がある。」事です。私は長年、ゴクッの快感を味わったお陰で「ハラマワリガキツク」なる現象を避ける事ができなくなってしまいました。俗に言う「ビールッ腹」。これはもう、痛い副産物でしょう。
しかし、だからといってやめるワケにはいかないのです。だって、ビール1つでこんなに熱い心で語れるなんて、幸せな事ですもの。(昔からコジツケもうまい私です)
・・・こんなに熱いビール支持者の私が、この1年半「断酒」を余儀なくされました。妊娠→出産を経た為で、ツワリと授乳で、全く酒類を口にしなかったのです。妊娠期間と出産直後は「ビール?何ですか、それは。」と言えるくらいに気持ちが遠ざかり、冷蔵庫に主人のビールしか入っていなくても「悔しい」と思う事もなかったのです。嗜好とはこんなに簡単に変わるものか?と自分の体に不思議さを感じずにはいられない日々を送り、ついに最近、断酒解禁の時を迎えました(授乳が終了というわけです)。主人から「ハイ、一口どうぞ」と渡されて口にしたビールの味ときたら・・・・「んまいっ!最高!」と興奮してしまいました。しかし、慎重派の自分としては、まだ解禁大祭りを行えず、この瞬間を待ちわびたであろう飲み友達は「早く~、いつ飲めるの?」と誘惑してくるのですが、もう少し祭りは先に延ばします。この断酒期間は、いつも素でいる自分が、ビールの偉大な力を借りずに考えたり、笑ったりした、貴重な期間でした。ですから、もう少しだけ解禁を先延ばしして、身も心もビールにぴったりな状態にスタンバイしてから、「グビッ、グビッ、プハーッ」を楽しみたいと思っています。

[2006-10-05 10:00] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

小さなイラツキ

 コンビニは、ほぼ毎日通ってしまう不思議なエリアです。主婦である以上、スーパー詣では欠かせませんが、コンビニという場所は「あまりハコが大きくなく・雑多な感じなのに・ナマモノが少数の為に無機質で・生活用品を売っているのに生活感がなく」実に入りやすく出やすい空間です。車で外出してもコンビニを見かけるととても安心したり、と私たちの生活にぴったりくっついてくる不思議な空間ですね。近年この空間の中に銀行機能がついてからは、更に便利。まさに「コンビニさんありがとう」という感じです。
が、が、こんな素敵な空間なのに、その行為をしようとすると必ず、イライラの頂点に達する事があるのも、このコンビニなのです。
それは、通販の代金や他の振込みをする瞬間です。
店員さんは「お預かりしまーす」と振込み用紙とお金を受け取ると→バーコードを読み込み→丸い日付判を押し→領収部分を切り離し→私に渡します。ところが、ハンコを取りに行ったり、お金をレジに入れたりしている時、その用紙は無造作にカウンターに置き去りに・・・・。その振込み用紙には、私の「個人情報」が全て載っているのに!
私の後ろに他に誰も並んでいなければまだいいのです。でも、赤の他人だけがひしめく空間で個人情報が丸出し、というのは大変大変イヤだし、危険な事だと思うのですよね。
個人情報の保護で、病院でも番号札で呼ばれる事が多くなった昨今、何故??と怒りの瞬間です。しかも、どのコンビニでも同様の対応ってどういうことでしょうか?!あの店では、気が利かない風の学生バイトだから仕方ない、と思い次回別な店に行っても、その店の気が利きそうな元気なおばちゃん店員も同じ。更に、とても元気で気分の良い対応の店の店長でさえ・・・!  しかし、「これ、見えない所に置いてくださいよ」とその都度言うのも面倒で、何でも言うおばさん現象かと遠慮する気の弱い私にもイライラ。

神経質だと言われればそれまでですが、どんな人が後ろにいるかわからない悲しいくらい怖い世の中です。ぜひ、コンビニ店員接客マニュアルには「振込み用紙の処理」をしっかりと取り入れて欲しい、と思う利用者の声でした。

今回のコラムは、段々怒りがこみ上げてきて、文章の中に感嘆符が多用されている事をお許しください!!

[2006-08-24 12:20] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

「生まれるっ」

梅雨明け以来「暑い~、暑い~」と毎日うなりながらも、どこかで夏の暑さを楽しむ自分が居ます。それは、自分が真夏に生まれたせいでしょうか?この世に生まれたその時から、太陽を身近に感じていたしかもしれません。聞けば私が生まれたその年も大変暑くて、母は汗をだらだら流しながら、出産の日を待っていたそうです。ただでさえ妊婦は暑いのに、じりじり太陽は身近というより、キツイ存在だったことでしょうね。

さて、この10年くらい、どうも「変だな?」と思う事があります。それは、自分の誕生日前の1ヶ月間、何故かあまり良い事がないような気がするのです。大きなアクシデントに遭遇して苦しむわけではないのですが、うまくいかない事が連続したり、予定が突如キャンセルになったり、小さなイラツキが毎日積み重なる時期なのです。
大好きなビールを飲んでウサを晴らしても、何故かバイオリズムが低下して悶々とする日々・・・・。太陽の輝きをもってしてもこれは、なかなか解決しないのです。ところがよーく考えて見ると、何故か誕生日を過ぎると、ツキモノが取れるように、私を悩ませる様々なものが解決していくのです。その事実に気づくまで最近までかかり、何でだろう?と、とても不思議な気持ちで過ごしていましたが、突如閃いた私は、ある1つの仮説を立てました!それは、「自分の誕生日には、年を取るだけではなく、また、生まれるのだ!」と。
自分が年をとる=また生まれてくる・・・そのために、周囲や心の中で色々な試練が待ち受けて、自分なりに「生まれる苦しみを味わうのではないか」と。
この仮説を立てた私は、とても得意になり、周囲の人に話してみました。「うん、何かわかるっ」と同意する友人も居れば、「うーん?そうかなぁ。」と首をかしげる者あり・・。
でも何となく、自分の遠い遠い記憶にも残っていない、「母の体内からこの世に生まれるまでの苦しみ」は、自分の人生の中で誕生日が来る度に繰り返され、そして年齢を重ねていく・・・・とても神秘的じゃありませんか??

そう言えば近年、幼児が突然、母親の胎内での事・誕生した時の事を話し出す、という事が取り上げられているのをご存知でしょうか?胎児から赤ちゃんの記憶の一部が残っていて、突然口に出す子が居るのだそうです。例えば帝王切開で誕生した子が「僕はママのお腹の中で眠っていたのに、急に明るいところに出されたんだ」と言ったり、「暗い道(産道)を頑張って来たら、知らない人(医師や看護師)がいっぱいいたよ」とか。突然そんな事を我が子が口に出したら、本当にびっくりするでしょうが、これまた何て神秘的。
そんな事を考えながら、まだ見ぬ○○才の新しい自分に向かって「頑張れ、もうすぐ生まれるぞ」と汗を拭き拭き応援するのでした。

[2006-08-07 09:24] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

「ねばねば」

チョコと同様に納豆が大好きな私が、今、人生何度か目にハマッているのが「納豆スパ」です。納豆って、日本生まれのくせに万能選手なので、ご飯にもパスタにも愛される、素晴らしい食べ物です。ご飯+納豆は人生に欠かせないものとしても(決して大げさではない)
パスタに納豆を初めて絡めた人はノーベル賞ばりの発明をした、と思うのですが・・・。
更に、一緒に絡める食材が「ツナ」「ネギ」「キノコ」「ノリ」「大根おろし」など、ローカロリー&ヘルシーなものばかりで、本当に私たち女性にとって善良なメニューと言えるでしょう!
ところでこの納豆パスタは、外食する場合、お店によって全く内容が異なるメニューなのです。店Aは、あっさり塩味にスープが絡んだあくまでも「納豆主役」。店Bは、和風タレをしっかり泡立てて泡の中に納豆とパスタが、あたかも浮島のごとく浮かび、最高の幸せを感じる味をかもし出しています。店Cは、ツナと海苔がたっぷり入ったヘルシー派。
と、いうように、納豆パスタには、それぞれのお店のポリシーが感じられるのですが、シンプルだけになかなかごまかしのきかない味。とにかく納豆好きの人は、一言も二言も言いたいであろうパスタ料理です。
自分で作る場合私は、店Bの味が忘れられず、と自分でタレを泡立てて頑張るのですが、なかなかうまくできず、ストレスとなって「あーあ、お店のが食べたいっ」とますます店Bのパスタを夢見てしまうのです。
そんな私が、ある暑い日のお昼ごはんにコンビニにフラフラと行って見ると、な、なんと「納豆パスタ」がキラキラと棚で光っています。1も2もなく買って会社に帰り、モクモクと食べていると、同僚たちが「ナンですか?それはっ」と、すごい反応。それ以来、交互に納豆パスタを買いに行き「これ、おいしいよねぇ」とハマっています。

ところで、タレントのグッチ裕三さん、という方はとても料理好きで知られています。しかも主婦の味方のように「安くて」「簡単な」「おいしい」料理がお得意。実家の母などは、グッチ裕三さんの料理を崇拝し、時どき「これはおいしかったよ!」などとレシピを教えてくれる始末。安くて簡単・おいしいというのは、主婦にとって最大の強みなので非常に参考になるものです。
今後是非、グッチさんに「最高においしい納豆スパ」を伝授いただければ・・・と願うばかりの私です。

[2006-07-31 18:24] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

くしゃみを考える

「くしゃみはその人を本質を語る」

くしゃみについてコラムを書こうとした矢先に、主婦スタッフ2が「くしゃみによるぎっくり腰に見舞われたと」いう事で、タイミング的にgoodなのか(彼女にとってはbadなのでしょうが)、同じ話題になることをお許しください!その前に・・・主婦2が苦しみの中に居る時に悪いのですが、彼女のくしゃみ事情をバラしてしまおうと思います。
そう言えば彼女は、時々突然くしゃくしゃの顔をして、「うぐっっ」と声を詰まらせる事がありました。何度か目撃したものですが、その瞬間はものすごくリキんでいて、何事が起きたのかと驚く程です。何故かくしゃみを我慢しようとする彼女を見て、思い切りくしゃみをすれば最高に気持ちいいのになぁ・・・と気の毒に思ったものです。彼女の一日も早いぎっくり腰からの治癒を願っています。

さて、「出もの・腫れものはところ選ばず」とか言いますが、正にくしゃみはそうですよね。
しかも同じ出物でもおならと違って、くしゃみは、比較的人前でも平気でできるものです。
会社でも、花粉の季節を中心に、オフィスのあちらこちらでくしゃみの連発でした。
昨年までは比較的だった私も、突然カラダに変化が起きたのか、今年から急に花粉症の重症患者になり、涙・鼻水・そしてくしゃみの嵐でした。朝礼中もティッシュを手放さずに赤鼻のトナカイ状態、夜も鼻の穴にティッシュ栓をする始末。そしてそして、くしゃみもノンストップ・・・。あー、全くひどかったです。
そんな中、あちこちでくしゃみを聞いていると、大変面白い事に気づきました。
『くしゃみはその人の本質を語る』!!
例えば、女性の20代同僚は、見た目若く美しく落ち着いた雰囲気なのに、くしゃみをするや「べ-っくしょんっっ」と大変オトコらしいのです。しかも足までドンッと同時に鳴らしたりして。その同僚はそう言えば、見た目とはウラハラになかなか逞しい、面白い人物ではあります。
更に男性40代同僚は、見た目大柄・迫力満点な真面目一筋な雰囲気。その彼は大音量で、「あ-っぐしょいっっ!!」と包み隠さない、まっすぐなくしゃみをします。
更に更にオーバーリアクション大王である30代男性は、「はっくしょん!!!!!」に体を大きく動かす全身派。一見クールに見えますが、身振り手振りではっきりと自己表現するタイプです。
私が思うに、くしゃみをする時は、一瞬、動物である自分に戻る瞬間。その時こそ本来の自分が出現してくるように思います。
では、私はと言えば・・・・・「はっくしょーーーーんっ」と最後まで全てを出し切りたい派。ンッ?私の本質はそうなのかは、周囲に聞かないとわかりませんが。
この事を考えると、人のくしゃみも楽しんで聞けるような気がしてきます。
身近な人のくしゃみを耳をそばだてて聞いてみてください、その人の本質が見え隠れするかも・・・・!?

[2006-05-25 20:26] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

Dの誘惑

2年前のある日、自宅に小包が届きました。それは親友からの物で、中身は5枚組みのCDでした。自分でテーマ毎に編集したその音楽CDには、学生当時一緒に時を過ごしていた友人たちへのメッセージがつけられていて、もらった私には心底懐かしく、少し体が震えるくらいの感動でした・・・。
「バブルの絶頂前」という、時代の華やかさの一歩手前で学生時代・社会人1・2年生時代を過ごしていた私たちは、日々変わっていく街の中でも常に「深く楽しむ事」に没頭していたように思います。そんな中、私や親友が特に音楽に対するこだわりは深く、聞く・演奏する、を初めとした楽しみの他に「踊る」、という大きな楽しみを見つけてしまったのです。その躍る場所は、「Disco」!(あー、ここで時代を感じて密かに赤面してしまいますが、全国でリバイバル現象が起きている現在、思い切ってカミングアウトしてみました。)バブル期では、男性を意識しまくり半裸状態で躍ったりしていたようですが、私たちは純粋に「音のシャワーを全身で浴びる」快感に身を委ねていました。(当然、異性との出会いを第一の条件にしていた人もたくさん居たでしょうが。)
特にSoul Musicを愛している私と親友は、その好きな曲に身を委ねるのがこんなに楽しいのか!と見事にハマり、毎日Discoの事ばかり考えていたような気がします。
その内、少しずつかかる音楽の内容も変わっていき、時代に合わせるようにテンポが速くなり、女性たちも少しずつ派手になり・・・。それでも、心が鷲づかみになる曲は必ず表れ、かなり楽しい数年間を過ごしたのです。
そうこうしている内に仕事も多忙になり、そろそろ結婚・・という仲間達が増えていき、愛するDiscoにも次第に足が遠のいて行きました。「昔、遊んだよねぇ」的な話題の懐かしい材料でしかなくなっていた頃に、またDiscoブームが突如、いやヒタヒタと到来したのです。こうなったらもう、心臓がドクドクするくらい興奮してしまい、その時の仲間と連絡を取り合うと、二つ返事で「行ってみようよ!」とDiscoへ!(もちろん私は主人への了解を取り付けましたよ、不良妻ではありません。)その結果は・・・・・・、もう、楽しくて楽しくてたまらなかったのです。そこに居る人たちはかつての私たちと同じ年代でしょうが、同じ曲で盛り上がるその楽しげな様子は、本当にタイムスリップの画像を見ているような、とても不思議な感覚でした。そんな空間と音楽に完全にハマってしまいそうで、何とか自分にブレーキをかけながら日常に戻ったのですが、アノ快感は麻薬のように私を支配してしまい、今でも友人と「楽しかったね!絶対また行くぜ!」と誓い合っている次第です。
ともすれば、保身に回ったり将来をばっちり考える時期にきている私たちですが、たまには、漠然とした将来に不安を感じながらも、強気で前向きに生きていたあの頃を思い出しながら、身を委ねる快感に酔いしれるひと時を少しだけ与えてくださいね、世のご主人!

[2006-05-14 18:53] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

割り箸こわい

以前、匂いの関するコラムを書きましたが、今回も人間の感覚にまつわるお話・・・。
「鳥肌が立つ」という感覚。この「鳥肌感」は不快な時と快感な時の両方感じるものですね。
たとえば、自分の心にずっしり響く音楽を聴いたときや、映像を見たとき。これは、快感の果ての鳥肌です。逆の場合、何故かその鳥肌感はなかなか消えることなく、ざわざわと首筋や腕や背中を騒がせる、とてつもなく嫌な感じ。「黒板に爪を立てる音が最悪」とか、
「一斉に並んだ○を見るともうダメ」などと人によって様々なマイナス鳥肌感がありますが、私の場合「割り箸」がその最たるものなのです。割り箸を代表として、爪楊枝、アイスクリームのヘラ・棒アイスの棒などがあります。口に入れたら最後、口中の水分が吸い取られるあの感覚。。。あーっ、考えただけで鳥肌になりそう!
例えば昼食でお弁当を買い割り箸が付いてくると、行儀が悪くてもお茶や味噌汁にじっくりと箸を浸してあのガサガサ感を払拭しない限り、私はいつまでもお弁当を食べられないのです。また、割り箸を割った際に、うまく割れずにささくれ立ってしまったら最後、もう二度と触れません。更にコンビニでアイスを購入して、店員さんが当然のように「ヘラ」をレジ袋に入れようとするのを制し「す、すみません、プラスチックにしてください!」と懇願。凍ったままのアイスクリームの表面に突き刺さるヘラのガサガサを想像するにつけ、アイスの冷たさ以前にゾゾ-ッと背筋を寒い感覚が走り抜けるのです。アイス食べたい、でもこのヘラは使いたくない、でも他に変わるものがないといった場合は、ヘラを水にとことん浸して、色が変わるくらい馴染ませてから、溶けかかったアイスをすくうのです。こんな面倒な手間を面倒と思わせないほどのヘラ威力。
爪楊枝をくわえる人を見ると「口の水分は大丈夫なのか?」と心配になってしまいます。
ところで先日、久しぶりに風邪を引いてしまい、病院に行きました。頭も喉も痛かったので、それを訴えると先生は、「はい、口を開けてください」と取り出したのは・・・何と、見覚えのあるあのアイスクリームのヘラの巨大版!!それは勘弁してください!と思ったものの、口を開けた無防備な私に、先生は容赦なく喉の近くにヘラを突っ込んだのです!
私はグエッと涙目なりながらも必死で我慢しました。以前は、金属のヘラがひんやりと感じたものですが、使い捨てになっていたのですね(気づくのが遅いでしょうか?)。
割り箸屋さんやヘラ屋さんに何の恨みもないのですが、こんな私も居る事で、ほんの少しだけ、森林環境保護にならないかしら?と思う今日この頃です。

[2006-04-02 18:01] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

リアクション大王のひとり言

先日の冬季オリンピックでの金メダリスト、荒川静香さんは「クール・ビューティ」と呼ばれ、あの大勢の観衆の中でも常に冷静・沈着な演技に、私たちは酔いしれました。
その素晴らしい演技もさる事ながら、凛とした表情・インタビューに答える際のよどみない明確な言葉じりなども彼女の魅力の1つではないでしょうか。常に平常心でいられるあの強さは、まさにクールビューティーの言葉にふさわしい姿といえます。
彼女の姿を画面で見るたびに、かなり年上の私ですがいつも羨望のまなざしで見てしまいます。   何故かと言うと、私は彼女と対極の性格と言えるからです。                                    「あせる、慌てる、舞い上がる、本番に弱い」                                                 私は、本当にあの姿が輝いて見えます。これはもう持って生まれた性質のため、今更どうにもならないのですが何とかあのエッセンスが体内に入ってくれば・・・と日々考えています。
リアクション大王の異名を持つ私としては、何かあるたびに大びっくり。少し前まではそんな自分がいとおしく感じたのですが、あまりにも大王であるために自分の行動に疲労してしまいます。しかも類は友を呼ぶで、友人一同がみんなリアクション大王。話をするとそれぞれが感嘆符の嵐なのでなかなか話が進まないことがあり、いったい何の話をしていたのか忘れる、というていたらくです。とはいえ、感嘆符のある瞬間が人生の大切なエッセンスと考えているので、クールな部分といつまでも物事な感嘆できる心の準備をしておきたいと考える今日この頃。冷静さというのは大舞台でも、ただそれだけで大きく強く見えるという事が荒川さんにより立証されたので、人生の中に取り入れていきたいと考えます。
                                                                          ところで、数多いリアクション大王仲間の中で、ある友人はとにかく驚きの表情が良いのです。こちらが何か言うと「えっ?」ではなく、「っえーーーーーーーっっ?!」という文字表記がぴったりの驚き方をするのです。すると私も自分が何かすごい秘密を彼女に言ったような錯覚に陥り、とても気分が良くなってきます。そんな彼女は、聞き上手でうなずき上手。そしてズバッと意見を最後に言うという、会話にメリハリと楽しさと真剣さをブレンドするという、無意識の術を持っているため、中身のあるリアクション大王といえましょう。
目の動き、身振り、手振り、全てが会話と考え、中身あるリアクションは、人間同士のコミュニケーションの潤滑油にしていけるのではないでしょうか?

人間は、誰でも二面性を持つ生き物ですが、冷静に物事を考えつつも心からのリアクションを楽しめるそんな人間でありたいと殊勝に思う、初春の一日です。

[2006-03-09 18:42] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

すごいぞ!ネーミング

私が以前から、とても感心している会社があります。                                            その名は「小林製薬」。                                                                       何の変哲もないシンプルな会社名と呼応するように、この会社の商品群のネーミングときたら、本当に惚れ惚れする程です。コマーシャルでも、なるほどねぇ・・・・と心から感心する商品名ばかり。               派手で、あたかも何かのプロモーションビデオかと思うようなコマーシャルが多い中、この会社のものはズバリ!「わかりやすい」!の一言です。よーくコマーシャルに着目してみると、
                                                                      1. BGMは基本的に無い。
2. ナレーションの歯切れがよく、いつも同じ人がしゃべっている。
3. 商品をどのように使うかを15秒の中で全て出し切っている。
4. どんな世代にも理解できる説明。
                                                                           そして何と言っても最大の特徴は、
5.全てを言い表す、そのネーミング!
  などの素晴らしさがズバリ出ているのです。

膨大な商品の中から例を挙げてみれば                                                「熱さまシート」                                                                     これはもう、誰でも1回は使用したことがあるのではないでしょうか?しかも「熱さまし」と「シート」をくっつけてしまうあたりの素敵なセンス!                                                           未だに友人同士で「ありがとんかつ!」などと言い合う私にとっては、まさにストライクゾーンのゾクゾクするほどのセンスです。
また、初めてこの文字だけを見たとしても、熱を冷ますものなのね、と誰もが想像しやすいのです。これが例えば「クールダウンシート」などと言おうものなら、何だかわかりませんし、耳に残りません。

更にお気に入りは                                                                  「なめらかかと」                                                                 言わずもがな、「なめらか」と「かかと」をくっつけたもの。使い方を見なくても、山の向こうから叫ばれても、使用目的が明確です。                                                         「ガスピタン」に至ってはどうでしょう!お腹のガスをピタっと止めるものだ、と自然に笑いがこぼれるような感じです。かと思えば、トイレの「消臭元」など、ズバッと漢字で殴りこみのような潔さ。
その他、書き切れないくらいの、消費者の心を捉えて離さないネーミングの商品がズラリ。

ありとあらゆる商品が溢れている中で、この小林製薬の商品たちは昔からのロングセラーも多く、必ず一度はどの家庭にあるような浸透度のような気がします。
コマーシャルやネーミングだけを見ると、つい「ネーミングの担当者はもしやおふざけになっているのでは?」等と思ってもしまいますが、実はそうではなく、しっかりとした研究と、商品に対する絶対の自信があるように思うのです。だからこそ余計な装飾は不要であって、丁寧に商品を紹介できるのでしょうね。
かくいう私の家にもたくさんの「小林ネーミング」が。改めて見てみると「これもそうだったんだ」というものがたくさんあります。それだけ、私の中にも浸透しているのです。
そう、まさに小林製薬商品はネーミングでもって心をわしづかみにしたかと思うと「是非使ってみたい」と思わせる、わかりやすい使用方法の公表と、真面目で真摯な研究の結果が三位一体となり、私達消費者の頭の中に・・そして家庭の中にじわじわ、と効いてくる不思議な効能を持った商品なのではないでしょうか。
是非今後も、このわかりやすい商品群の開発と「素晴らしい!」と笑顔になるネーミングをお願いしたい、と思います。
ところで私のお気に入りは、「かんたん洗浄丸」と「アイボン」です。                                    使用用途は、コマーシャルで見てくださいね。

[2006-02-25 11:50] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

バレンタイン狂想曲

今年も、日本国中を巻き込んだバレンタインデーが無事に過ぎました。                     
                                                            第1回目のコラムで書いたように、私は自他共に認める「チョコ病」。実は、今日も既に胃袋の中にチョコが消えています。昨日も・おとといも。。昨日と今日のチョコは、主人が会社の方や取引先の方に頂いた、いわゆる「義理チョコ」というやつです。                                                              少し前までは、2/14の夜は、主人が頂いてきたチョコを「これは誰からもらったの?」と少々問い詰めていたものですが、今はどちらかというと中身が気になります。「あらっ、これはなかなかお洒落。こちらは、うーん、500円くらいね」などとチョコ名人としては楽しい作業ですが、贈ってくれた方々に大変失礼な事をしているわけですね。                                                         そして主人のOKをもらってから私もおいしく頂くのです。そんなわけで、バレンタインデーから数日間、私は愛するチョコに囲まれて(おっと、大げさ。囲まれる程頂いていません)幸せ。。。
                                                                          ところで、バレンタインデー数日前から新聞やテレビで、チョコそのものや、贈る側・もらう側の様子をレポートしている事が多くなりました。今年は特に、バブル時代の再来?のように、バレンタインチョコの売れ行きが好調だったようです。ところが、贈る側の女性達の7割強が「こんな風習は無い方が良い。お金がかかるし面倒くさい」。                                                        そして男性は「全然意識していないし、お返しも大変だから無くて良い。」というアンケート結果が出たのだそうです。それなのに!いつもに増してチョコの売れ行きはアップ。何故?
                                                                                     思うに、季節感をとても大切にする我々日本人は、季節と行事を密接に関係付けてそれをしっかりと自分の中で通過させてこそ満足できる民族なのではないかと思うのです。
                                                                             しかも、「心ばかりの贈り物→←頂いたらしっかりとお返し」という構図が昔から完成している為に、面倒くさいと思いながらも女性達は半ば嬉々としてチョコ売り場に走るのです。
そして、チョコ売り場に居ると「私はチョコを上げる人がいるのよーん」と、周囲にそれとなくアピールできるのも、女性達の自尊心をコチョコチョとくすぐるのがチョコの効果。
かく言う私もその通り。しかも大好きなチョコが一斉に集まる場所に入り込むなんて、まさに、お菓子の家に迷い込んだ、童話の「ヘンゼルとグレーテル」状態。気が付けば1時間以上もウロウロする事になるのです。そして必ず多めに買い足して「予備」及び「自分の分」とします。今は、自分の為に買う「マイ・チョコ」もブームになっているそうですが、小さな心の贅沢品として、良いことではないか!?と思っています。
また、「義理チョコ」というネーミングが悪いので、「友チョコ」にしようとか色々ご意見盛んのようですが、義理でも、友でも、ちょっとしたお礼や気持として贈るものとして、きっとチョコは好適品なのですね。
ショコラティエ(チョコ職人の事だそうです。格が上がったものです)が作る1粒3000円もするチョコも素晴らしいのですが、1箱300円くらいからのチョコが巻き起こす2月の一大旋風。甘い香りと共に、華やいだ雰囲気を作るのには効果的ではないでしょうか?
「バカらしい」「こんな事やめてしまえ」と思う方々もたくさん居るでしょうが、単純にチョコにスポットライトが当たる期間として、気持だけはショコラティエの私は結構好きな行事です。そんな、今年のバレンタインデーを振り返りながら、食後のデザートにまたまたチョコを頂きましょうか。

[2006-02-16 17:36] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

何歳まで現役か!

イチロー選手が「50歳まで現役でいたい」と言っています。                                           素晴らしい事ですね。ただでさえ選手生命が短いスポーツ。                                          42歳の巨人・工藤選手が今のところ最長年齢でしょうが、更にその上を目指そうというわけです。並大抵の自己管理能力ではできないはず。それを堂々と公言するあたり、さすがです。それには自分でも、ある程度自信があるのでしょう。今の自分を維持・あるいはなるべく退化(老化)しないように常に磨く。そのように生きるビジョンが彼には見えているのでしょう。すごく影響を受けました。
                                                                          突然ですが、隠していたわけではありません。文章にするのが少しはばかれました。

は私、40歳になっていました。                                                        そもそもこのコラムは、二人の30代後半主婦スタッフという事でスタートしたのです。それから早2年・・・・・。密かに時は流れ、去年の夏に私は大台に乗ってしまいました。1月の成人式の様子を「この人達の2倍生きてしまった」と特に今年は感慨深く見つめる自分。
10代や20代の頃は、「まさか」自分が40歳を迎えるなんて想像だにしていませんでしたし、イメージとして「40肩?老眼?更年期障害?おばさんへの道まっしぐら?」などと暗いものばかりでしたし。
男性の場合40歳というとまだまだ若く、自らを「若輩者」などと平気で使うし、事実ハツラツとした素敵な人も多いものです。しかし、女性はねぇ・・・。と、落ち込むようなイメージを持ってここまで来ました。しかし、いざ40歳になってみれば今のところ体調も変わらず(確かにお酒は弱くなり、白髪も出ますが)、「40過ぎると急にガタが来るわよ~~」と呪文のように不敵な笑みでささやく諸先輩達には悪いですが、そんなに「急には」老け込まない事に気付き、日々前向きにならなきゃ!と思っています。
                                                                          ところで、何年か前のニュースで信じられない出来事がありました。10代の女の子が「おばさんになりなくない」というすごい理由で何と自殺してしまったのです。それを聞いた時、本当に驚きました。彼女の中で「おばさん」というイメージはいったいどんなものだったのでしょうか。本当に彼女はもったいない事をしたなぁと思います。彼女は先読みしすぎました。もう少し生きて、「なんだ、年取るのも悪くないな」と思える日々を送って欲しかったなぁ、と思います。更に、自分が年を重ねた時に「どうせおばさんだから」という言葉を口にしなければ少しは違うと思います。それを口にする人は必ず老けて見えます。これは不思議。
                                                                            私も、同じ年の友人たちと「女は40からさっ」と多少顔を引きつらせながらも合言葉にしています。  確か30歳になった時も「女は30代からが楽しいのさっ」と言い合っていた気もしますが。でも、その友人達とは60代になっても楽しい事をしようと計画していますのでお互い厳しくチェックをしながら生きていかなきゃならないわけです。
「もう40歳」はダメ、「まだ40歳」でいこう。イチロー選手のように。
                                                                               そんな中、幼馴染みの友人より電話がありました。「ちょっと聞いて~、私、老眼かも!」                            おいおい、勘弁して!

[2006-02-06 09:48] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

「食育」を考える・「おいしく食べて元気に育て!」

最近、盛んに言われている「食育」。改めてこの言葉について調べてみると、「健全な食生活の実現、食文化の継承、自らの食について考える習慣や食の知識などを学習する」というような事です。                それは、これからの子ども達にとってとてもよい事だとは思うのですが、ふ~む・・・本来「食べる」ことってすごくシンプルな事なんじゃないかしら?と思ってしまいます。                                     それこそ、戦争中などは「食べる事=生きる事」だったわけで、食べられるものは何でも口にして「生きていく」事に必死だった時代ですよね。                                                       それが段々、豊かな食材と溢れ返るごちそうに囲まれるのが当たり前になって、口を開けば何か必ず入ってくる、という毎日(ここ日本での話)。                                                                      今、「生きるために食べる」という意識を持って食事をする人って何人いるのでしょう?                                    

例えば生まれたばかりの赤ちゃんは、本能的に「これを飲まなきゃ死ぬのだ!」と、母親のおっぱいにむしゃぶりつきますよね。そんなシンプルなところから「食」がスタートするわけです。                                  ところが、そうやってみんな成長したはずなのに、朝ご飯を食べずに学校に行ったり、塾通いで忙しいせいで家庭で夕食を食べることがない、という子ども達が多いのだそうです。                                      テレビCMで(多分、公共広告機構のもの)、塾通いをしている小学生の男の子が、夕飯にコンビニでお弁当を買って塾の机でボソボソとそれを食べているシーンがあるのです。                                    確かナレーションでは「お母さんが作るご飯は好きです・・」というセリフ。家族で夕食を・・・という呼びかけのCMだったと思うのですが、私は、それを見る度に胸が締めつけられて悲しくてたまらなくなります。
どうしてこの男の子は、こんなに無表情で夕飯を一人食べなくてはならないのだろう?と。
学校に行き、塾でクタクタに頭を使い、家でご飯を食べない(食べることができない)。そんな子ども達が実に多いこの現実。
本来、食事をしてると自然に「楽しい」顔になるはずだと思うのです。素晴らしい食材を使った豪華な食事でなくても、自然に笑顔が出てくるような雰囲気がおかずとしてあれば、例えおかずがフリカケだけだったとしても満足できるはず。                                                       

そういえば、(また彼を引き合いに出して申し訳ないのですが)例のホリエモンが取材に答えた事として「僕が今、食にこだわるのは(豪華な・という意味で)幼少期の思い出にある。                                             母親は、料理というスキルに欠けていた。働いていたから、いつも同じものばかりだった。                      初めてファミレスに行った時、こんなにうまい物が世の中にあるのか、と驚いた。」とありました。                    彼の母親が果たしてどんな料理を作っていたかは別として、きっと彼の食卓には笑顔と会話というおかずが欠けていたのだと思います。働く母はいくらでも居るし、同じメニューだって続くこともあるでしょう。それでも子どもはいいんです。おいしい雰囲気があれば!
食育を考える時、食べ物の歴史を考えるのも大切、自分の食べた食材について深く知るのも大切、けれど、子ども達が自然に「おいしいねっ」と思える雰囲気を作ってあげる事が何より大切なのではないかと思うのです。
それが何よりきっと、体も心も元気になる「ごくシンプルな食育」だから・・・。

[2006-02-01 09:13] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

今は近未来世界?

活字中毒の私、小学生の時に読んだ「星 新一」さんのSF小説の一説が、今でも忘れられないのです。題名も忘れてしまいましたが、内容はこうでした。
                                                                                       そこは近未来の世界。気温はコンピーュータ管理されていていつも温暖な気候、道路は自動で動く道路、ショッビングはテレビの画面で好きなものを注文すると、シューターで自動的に家庭に届く・・・・などなど。おそらくその小説は昭和30~40年代に書かれたものと思いますが、作家である星さんは、将来はこうならどんなに便利だろうかという気持と、人間としてこんな便利な生活を送ったらどうなってしまうのか、という懸念を持って書かれたのだと思うのです。小学生だった私は、懸念などは全くなく、素晴らしく便利なその世界を脳裏に描き、ボーッとなるくらい憧れた覚えがあります。だからこそ、今でも印象深く記憶に残っているのでしょう。しかしここで考えてみると、星さんが考えた世界の半分以上は、ナント、今現在実在しているではありませんか?!
                                                                               屋内の気温はエアコンなどで快適に設定されており(クールビズ・ウォームビズなどで気温設定しているのも便利さが行き過ぎた皮肉かな?)、自動道路も少しずつ出てきたし、家庭に居ながらにしてショッピングなどというのは、インターネット時代で当たり前になってしまいました。
そんな劇的な「近未来」に生活している私達。当たり前だと思っている事を、少し踏みとどまって考えてみると、すごい世界にいるのだなぁとしばし考え込んでしまいます。                                                                      そうなると、現在のライブドアに見られる一連の事件も、あの星さんの小説の中でこそぴったりと当てはまるような気がしてならないのです。超近代的な高層ビルの上層階のパソコンの前で繰り広げられる言葉のいらない、メールでの指示や株の売買・・・・。夢の世界で繰り広げられるような事が実際に起こり、大事件となり世間を騒がせている・・・。                                                                   唯一、今回の主人公であるホリエモンが、あまりにも血の通ったタイプだった為、余計にクローズアップしているような。
                                                                            私達は、すごいスピードの中で生きている事は間違いないのです。でも、だからこそ、自分がどこに居るのかを常に見ていないと、星さんの描く自動道路から外れ、二度とこの世界に戻って来れなくなってしまうような気がします。
今、もう一度あの小説を読んでみたら、全く違う感慨が私を襲うような気がして仕方ありません。
ところで星さんの小説といえば、クールな文体でゾクッとするような怖い結末を書いたものが多いのですが、どういうわけか、この小説の結末が思い出せません。その便利な世界に住む人々が幸せな日々を送った、という内容だったのか、何かブラックホールに落ちていくような恐ろしい事が書いてあったのか・・・。
それを今知るのはとても怖い気がします。結末は敢えて思い出さずに、本も読み返さずにあと30年くらいたったら読んでみようかな、などと思ってしまう中途半端な「近未来人」の私なのです。

[2006-01-30 09:27] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

雪は魔物?

主婦のコラム担当のもう一人も書いていましたがテーマは「大雪!」まぁ、今年はすさまじいですね。自然って時々ものすごい力でもって人間たちを試すのです。しかし、今回は試すなどとそんな生易しいものではなく、これでもか、と私達に刃を突きつけるのです。
「雪やこんこん」と歌うかわいい童謡がありますが、そのこんこんがずんずんになり、どっさりになり、ずっしりになり・・・・。ニュースで見る風景は、まるで雪の蚊帳の中に入った様に閉ざされた空間です。雪は、雨や風とは違い、音も無く降り積もるからますますま不気味です。一晩で世界が一変するのですから。
しかし、私達が高校生くらいまでの冬といったら、どんどん降り積もる雪のイメージしかありません。ガードレールと同じ高さに積もった妙な平均台のような道路を1列になって登校。バスは100m進むのに1時間かかり、なんて事は日常茶飯事。実際、私の実家では、冬になると庭にミニスキー(皆さんご存知かしら?)用のジャンプ台やかまくらを家族で作った記憶があります。そして近所の幼馴染みたちとは、真っ白な田んぼでの雪合戦や基地作り。
こうして思い出してみると、雪国の子供だったんだなぁ、としみじみ思います。
それくらいの積雪は当たり前でしたし、雪に恐怖感を覚えることは大人も子供もなかったのです。降れば、生活の不便さを感じながらも当然のように受け入れる。そして雪かきをしつつ春を待つ・・・。そんな素直な人間達に雪もやさしかったのかもしれません。
20歳を超えるとスキーの楽しみがあり、初雪が蔵王の山々にかぶっているのを見るとワクワクしたものです。私が運転免許を取得した時は「スパイクタイヤ」が主流でした。現在、その名前すら知らない人々が多いことでしょうが。私は、スパイクタイヤを履いたマニュアル車の屋根にスキーを載せて、関東から来た友人達(含む男性)を乗せて颯爽と(?)スキー場へ。凍結した、しかも曲がりくねった山道をマニュアル車で進む私を、皆は「男らしい」と尊敬の眼差しで誉めてくれたものです。ところが、スタッドレスタイヤになり、オートマ車になった今、とことん慎重な女らしい運転しかできなくなってしまいました。
最近の雪による惨状を見るにつけ、文字通り心が凍りそうになる事があります。1年1年人間が年を取るように、自然界もゆっくりと年を取っているのでしょうか?そして、その自然界の老いに私達人間は、果たしてやさしいのでしょうか。
どうかあとは、恐怖を覚えるような雪ではなく、やさしく降り積もるやわらかな感触の雪に戻って欲しい、そう願ってやみません。

[2006-01-24 13:52] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

器用な手・不器用な手

私には面白い特技があります。1つは、以前コラムに書きましたが、お客の居ない店に入ってしばらくすると、知らない間にお客が増えている、という特技(未だに千客万来を狙うお店の方からのスカウトはありませんが・・・・)。そして、もう1つは手が器用な人を当てられる、というもの(考えてみれば大した特技ではない!)です。
「器用」といっても、様々ありますよね。例えば生き方が器用な人。何故か荒波を避けてうまく人生を乗り切る人です。いちいち壁にぶち当たり、三歩進んで二歩下がる人生の私とは正反対のその生き方は、羨ましくもあり、ねたましくもあり・・・・。                                  今回は、そんな生き方が器用な人ではなく、あくまでも「手先が器用」な人の事です。何故、それがわかるのか??そこには共通する「手の特徴」があるからです。周囲の器用な人の手をじっくり見てみると、 

1.指1本1本の節がしっかりしている

2.親指が若干反っている

3.ぽってりせずに筋張っている、のです。

何故こんなことに興味を持ったかというと、私自身が非常に不器用で、手先を使う手芸・包丁扱い・ハサミで真っ直ぐ切る・・・などの行為が驚くほどできないからです。この年になったからには、ごまかす事を覚えて何とかなっていますが、ずっとコンプレックスなのです。最大の不器用な思い出は、多分中学生だったと思いますが、家庭科でスカートを縫う課題があり、ただでさえ四苦八苦していのに、肝心の脇の部分を縫う時に、どこを間違ったか、ミシンが買ってに進み!スカートを縦断してしまったのです!!あー、思い出すだけで恥ずかしい。また、高校生の時「家庭科4級」なる実技試験がありました。これは、キュウリを1本、決まったタイムで早く薄く何枚切れるか、というものでした。ここで、私を初め不器用軍団はいけない事を考えました。先に実技を終えた人のキュウリを少しもらって自分のに足して水増し提出する、という事でした。そんな事をして、何とか合格したのです。もう、20年も前のことですからカミングアウトしてしまいました。そのバツか、未だにキュウリは均一に切れてくれません。
こんなあまりにもレベルの低い私と違い、手先の器用な人というのは見ていて感心というか感動。正に魔法のように編物の大作が出来上がったり、芸術的ともいえるお料理が完成したり・・・。そして、その人々の「手」はまさしく、上記の条件とおり。
うらやましい!本当にうらやましい!ため息と共に眺める私の手といえば、節は太いが指も太い、という条件から外れた悲しい手です。
身近で手が器用な人が居たら、こっそりその手・指をご覧下さい。きっと条件に合っているはず。そして今、私が「この人絶対器用だ!」と思う人は、地元のテレビ局の女性アナウンサーです。フリップを指し示すその手は・・・素晴らしい器用な手そのもの!是非、その人に聞いてみたいものです。「あなたはキュウリ切りが得意でしょ?!」

[2006-01-23 09:21] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

年末年始の憂鬱

一年はこんなに早いものなのか??とまるでキツネにつままれたような感覚の私です。この感覚は年を取ると特に強く感じるようですが、はて?去年の前半は何をしていたんだっけ?としばし考え込むくらいです。そして、依存症の証「手帳」を取り出し、去年の出来事を振り返ってみたり。年末はただでさえ主婦にとって忙しいのにそんな事に集中してしまいながらも、やっと自分が生きていた一年の証を確認したのです。
時事ネタのようにニュースでは「帰省ラッシュ」「海外への出発組」などといつもの風景を画面に写し出し、人間の移動するサマを知らせ、買い物に行けばお正月気分を無理矢理煽るようなけたたましいBGMとナレーション。
私達日本人は、海外の人のように「バカンスの為に仕事を頑張るのさ!」などと明るく言えるハズもなく、少ない休みを(これでも随分休日増えましたけどね)やりくりして、自分の故郷や旅行に出かけて、年末年始の波に乗ったぜ!と安心するのではないでしょうか?私は山形在住で実家も山形ですから、しょっちゅう実家には帰れますし特別な郷愁はないのですが、学生時代はとてつもなく実家が懐かしく、年末年始や長期の休みが待ち遠しかったのを覚えています。そして数日間の休みの中で、家族と話し、旧友と続けざまに会い、かえって多忙になって、ふと気付くともう休みは終わり・・・帰り道では涙が出るほど寂しい思いでした。そんな思い出もあり、実は私は年末年始があまり好きではありません。
新しい一年がスタートする素晴らしい瞬間でしょうが、日頃の怠け癖で大変になっている大掃除、少しばかりですが料理、買い物・・・・。ダメ主婦の部類に入る私に、この慌しさが憂鬱さを倍増してくれます。「あーあ、お正月なんかこなきゃいいのにぃ!」と何度つぶやくことか。県外から帰省している友人や親戚とゆっくり会いたいのに、お互い時間が無い中無理やり会うので、とにかく慌しく不完全燃焼・・・。そしてふと気付くと仕事始め、というめまいが起きそうな数日間なのです。「日常」が好きな私にとって、年末年始は子どもの時のようにウキウキするものではなく、どっと疲労感を倍増させるブルーな数日間なのでした。早く日常に私を戻して~。

[2006-01-05 14:42] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

どうしても!?占い

人間は、姿の見えないもの・不透明な将来などに常に不安を持って生きていますよね。その不安を少しでも希望に変えたいのが人情。ずっと昔から、様々な占いが、私達の生活にすっかり根付いています。
実際に今だって、毎日の新聞・テレビ・雑誌・・・・・。占いはさっぱり興味がない、とか、信じない、という人がいるにも関わらず、当然のようにメディアにも登場する占いの数々。実際私も、朝起きて出勤するまでの約1時間半の間に①新聞の生まれ月占い②テレビの星占い③他局のテレビの星占い、の最低3つの占いを目にして家を出ることになります。占いの結果は、結構全てがバラバラだったりしますが、何となく毎日それを目にしないと落ち着かなくなってしまうのです。
そう、それはまるで中毒。天気予報をチェックするように、私達の生活の一部にさえなっています。
「最良の一日」と占いで出て、心軽やかに出社してみると、どうもうまくいかないなぁ・・と、ど~んよりして帰宅。
占いとはそんなものかもしれません。解っているのに何故か心のよりどころにしてしまうのですよね。自分の目に映るものはすぐに理解して納得しようとしますが、未来は全く見えないもの。その不安部分に光を見出そうと占いにハマるのかもしれません。
テレビの特集で、「占いにハマる女性たち」を特集する番組が時々あるのですが、私はこのテの番組が大好きです。自分も占いが結構好きなくせに、他人がズブズブ占いの沼にハマっていく姿に意地悪な快感を得てしまうのです。
最近は、就職の相談にいくつも占い師をハシゴする女性を特集していました。
「自分が何をやりたいかわからない、だから、占いに答えと道しるべを指南してもらう・・・」でもこれって何だかなぁ、と思ってしまいます。
しかも占い師たちは、「必ずあなたに最適な職業が見つかる。それは○年後」という答えがほとんどでした。でもこの答えって、よく考えれば当たり前の事。
その実現に向かっては、今は自分を磨きなさい、という占い師達のアドバイスに
晴れ晴れとうなずく女性。そして2,000円から3万円くらいを一日で何件か支払っていました。そのシーンを見て、「やれやれ」と思った私でしたが、その事により、女性が晴れ晴れとできたのなら、絶望せずに頑張ろうとするのなら、これで結果オーライなのかな、と考え直しました。
だって、家族や友人に話したところで、たしなめられたり、単に励まされたりするのが関の山。それではきっとこの女性は納得しないでしょう。「占い」だからこそ、素直に聞ける・前向きになれるのです。
「私はここまで頼らないぞ」と思いながらも、日々の新聞やテレビにせっせと目を通し、占いの本も毎年購入する、占い好きの自分はテレビの中のあの女性とさほど変わりないのかも知れません。でも、最終的には自分で決定する力が備わった人間に生まれた以上、自分の人生に責任持たなきゃ!と思うのでした。
(そしてきっと明日の朝も全ての占いに目を通すのでしょうが・・・)

[2005-11-22 16:50] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

ドラッグストア・パラダイス

たくさんのチラシが折り込まれる日々の新聞。実際に自分自身でも、仕事ではチラシに関わっていますが、自宅の折込チラシを見るのも個人的に大好きです。
とりわけ、いつも利用しているスーパーのチラシは時間がある時は主婦としてじっくり眺めます。と言って、優秀な節約主婦のように、安い商品を吟味して赤丸をつけて買いに走ることまではしませんが、ついそのチラシにつられて買い物に行きたくなるものです。
そんな心惹かれるチラシの中で、今、ドラッグストア系のものが大変目を引くのです。注意して見ないと、それは普通のスーパーのチラシなのかと見間違うほどの食料品(生鮮食品は除く)等の充実振り。
肝心の薬関係は、裏側の1色刷りにまとめられています。実際にそのドラッグストアは、薬や日用品だけではなく食料品がとても充実しているので、特にお腹が痛くて鎮痛剤を買いに行かなくても、普通に食料品を買いに行ってしまいます。そして、実際に店舗に行くとびっくり。特にチラシが入った日は、お客さんで溢れています。冷凍食品が何割引!というのが結構多いのでお弁当のおかずをメインに購入する若いお母さん、ビール売り場で吟味する年配の男性、おやつを真剣に選ぶ子どもたち、そして化粧品を色々試す若い女性・・・。
そこは「ドラッグストア」というくくりでありながら、1つの目的以外で楽しめるのが何となくお得な行動ができそうなところが、この人気の秘密でしょうか。

昔ならば、薬屋さんで食料品を購入するなんて以前は考えにも及ばなかったのに、ほとんどのものがそろってしまうという、何と便利なこと。
確かに、私自身の行動を思ってみても、コンタクトケア商品を購入目的で入店→ストッキングを購入→ゴミ袋があと2枚だったかな、じゃ、買っておこう→
んっ?ティッシュペーパーが安いではないか?→主人のビールもここで買っておけば楽だわ→やだー、この菓子パン懐かしい!→冷凍食品が4割引きだから、買っておけばいつでも使えるしね→レジへ(ゲッ、こんなに買ってしまった)
・・・・・こんな風に、目的を達成したのにウロウロしてしまい、結局は両手に袋をぶら下げて店を出てきてしまうのです。
ドラッグストア側も、薬や化粧品だけのお客を待つよりも、「他の目的のお客」を呼び寄せた方がずっと多くの集客が望めるので、この商法は成功なのでしょう。今後も段々、こうやって専門店同士の垣根が取り払われていき、新しい環境の様々な形の合体型ショップが誕生していくのでしょうか。
そして私のような意思の弱い人間は、とりあえずまたドラッグストアという特別な場所へ吸い寄せてられてしまうのです。もちろん初めは「アレを買うのだ、アレだけを・・・」という目的をもって。

[2005-11-17 10:38] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

「説得力」と「目力」

最近、テレビのニュースをじっくり見ています。
政治から株の取得で揺れるあの話題・・・。ニュースの主人公たちはこぞって
自分の考えや状況を、周囲をとり囲む記者たちや画面のこちら側にいる私達視聴者に向かって(意識して)得々と、あるいは語気を強めたりしながら、自己(考え)をアピールしています。
その画像を見る度に、「う~む」と感心してしまう私。
話している内容もさる事ながら(少々困難なものもあるので全てを理解できない自分が情けない)、彼らが話す時の表現力や目の動きが、さすがなのですね。もちろん、そのような話し方・相手を屈服させるだけの語彙など、専門的に訓練しているはずです。
しかし、その事プラス、その人が持つ性質が大きな影響を与えていると思うのです。頭のキレが一般人とは違い、パッと物事に対応できる切り替えや、より的確な答えを自分で引き出す力を持ち合わせた、優秀な人物たち。その人たちに共通するのは、「説得力」です。確固たる自分の考えに対する自信と、話すだけの豊富なデータがあってこそできる技。そう、大切なのは、その「自信」なのです。
私の周囲にも、なぜかしら「話のうまい人・不思議と他人を説得させてしまう人」というのが居るのです。会社の中にも、また、知人友人の中にも。
そんな人たちの話を聞く度に「やられた!」と思うと同時に大変羨ましく思ったりもします。どうも、頭の中でいつも話をまとめよう、とか常に考えているわけでもないのに、自然に備わった能力があるように思えてなりません。
そして、その人たちにはもう1つ共通点があります。それは「目力(メヂカラ)」。瞳に強く輝くものを感じたり、こちら側を射るように見つめたり。
その2つがセットになり、相乗効果となるようなのです。
私のように面白い事やアイディアは常に考えているけれど(さり気なく話題が受けたりすると、脊髄に快感が走るお調子者タイプ)、悲しいかな、相手を説得させる力がないタイプの人間には、とてもとても羨ましい!と思わせる能力なのです。(当の本人たちは、それ程意識していないとは思いますが)
自分が話す内容に自信を持てるのは素晴らしい事。「言い切り」ができるのは、絵空事では無理ですもの。
「こうだからこうなんだ!」という自分の中の方程式が完全で、常に頭がすっきりしている感じです。あぁ、羨ましい。
しかし、です。たまに、勘違いした自信を持っている人も中にはいるのです。
そんな時も、何故かメヂカラはあるので何となく周囲は納得するけれど、後になって考えてみると「ちょっと、さっきのは違うよぉ!悔しい!」と歯がゆい思いをしたりして。
でも、その間違った自信の持ち方はいずれ身を破滅に追い込むだろう・・・と密かに楽しみにするあたり、説得力と目力が欠如している私のいやらしさ。
とは言え、これからでも遅くはない!と自分に言い聞かせ、頭の中をすっきりして、言いたい事・考えている事をしっかりまとめて話す事ができるように密かに訓練しようかな、等と目論むのです。もちろんメヂカラもつけて・・・。
ですから私をご存知の皆さん、是非、次回私が話しをする時は、その辺をご注目くださいね。もう少し訓練しますので・・・・・。

[2005-11-04 09:07] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

ビバ!日帰り温泉

とある日、隣県に住む学生時代の友人から電話が来ました。久しぶりに会いたいので、山形に行こうかな、というのです。
その友人とは、5月の仲間の結婚式(踊る仲間達・・・過去のコラムをご参照ください)で会ったのですが、子どもがまだ3歳でなかなか普段会うことは難しい時期です。そこで、5月の結婚式の主役(踊る花嫁・・・過去のコラムを更にじっくりご参照ください)と3人で、ここ山形で会うことにしました。
さて、3人で色々相談した結果、ウィークデーにドライブがてらに子どもを乗せてその友人がやってくることに決定。
元々、グループの中でも頻繁に遊んでいた私達は、計画を立てるのは得意で、しかも素早いのです。集まる場所は、新妻の新居でも私の自宅でもよいのですが、子どもは元気盛り。きっと色々気を使うだろう、という事で、近くの温泉施設の日帰りプランをチョイスしました。
元々温泉大好きな私達。今は、以前のようにゆっくりとビールを飲みながら「極楽~っ」と温泉三昧することは無理でも(その行動はもっと年をとってからのお楽しみに取っておいて)、縮小した形でも十分楽しめるよね!という事で、その日を迎えました。
私達の日頃の行いがまぁまぁ良いのか、約束の日は素晴らしいお天気。近くの温泉とは言え、久しぶりなので心はウキウキ。
久しぶりに会う友人の子どももすっかり大きくなり、「何、この馴れ馴れしいオバちゃんたちは?」という鋭い視線を私達に走らせますが、確かこの子が、母である彼女のお腹に宿った時あたりも、このメンバーで日帰り温泉に集合した事を思い出し、互いに苦笑したのでした。

さて、この日帰り温泉というのは、適度に放って置かれる快感もあるのです。
私達が今回利用したところは、厚生年金施設でしたから特にそうなのですが、
お部屋のカギをもらってしまえば、何回入浴してもお昼寝をしてもOK。
しかも周囲は、お酒に酔った男性のダミ声や、カラオケのがなり声もなく「しーん」としているのです。そして!何と言っても3,000円という安さ。これには、お昼のバイキングがついています(もう、食べられないっという位頂きました)。
山形市内を見渡せる清潔な和室で思う存分くつろぎながら、今後のそれぞれの話で人生を語り合う私達。その少し前に誕生日を迎えた友人のミニパーティを兼ねて、ビールの変わりにお茶で乾杯です。「よしっ、次回はビールだね」と
新たな決意を持って、3人+子ども1人は、この5時間強を楽しんだのです。
なかなか会う時間が取れない・子どもがいるからレストランにも行けない・夫達を置いて泊まるのは気が引ける・・・などという時期が、女の人生、必ずあるはず。でも、少しだけ時間を短縮しても、キラキラした楽しいひと時は作れるのですね。
温泉旅館でも最近「日帰りプラン」を充実させています。是非、プチ贅沢感を味わってみましょうよ。

[2005-10-31 11:31] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

日本全国 毒キノコ繁殖中!?

今の季節特においしいのが、「キノコ」。芋煮や鍋物の具として欠かせない食べ物ですね。松茸や(あまり口には入らないけれど)舞茸、シメジ、なめこ等など・・・。種類も豊富で、香りや味も自然のうまみがたっぷり、そして低カロリーで食物繊維たっぷり、とくれば女性にも大人気の食材です。
そういえば、我が家にも週に何回か食卓に上る、優秀な脇役、キノコたち。いいえ、脇役どころか、今や主役としてお皿を飾っています。
何よりまず、「きのこ」というネーミングからして、親しみやすいじゃありませんか?
「木の子」と書く場合もあるように、正にうっそうとした森林の中、大木の陰の湿気の多いところにヒッソリと生息する、目立たぬように生きてきた歴史がある彼らは、昔から、人間たちに大切に扱われて今日まで生態系を営んできたのですね。しかし、必ずと言っていいほど特にこの季節、キノコを採っては、毒のあるものを間違えて食べてしまい、入院したり命を落としたりする人々が多く、不謹慎ですが、これも風物詩のようにニュースで扱われるのを見聞きする度に、秋の深まりを感じたりして。
テレビ等で紹介される食用と間違えやす毒キノコは、本来、本当に比較しても区別がわかりにくく、「これは見分けるのが難しいよなぁ・・」と思う外見。
「見分ける方法は、傘の裏側のウンヌン・・」等と専門家の方が説明しても、さっぱりわからないのが騙しのうまい毒キノコたち、そんなイメージがありました。
ところが!今年の秋になって、日本国中、色々なところにニョッキリと、これまでの毒キノコたちとは明らかに違う毒キノコたちが登場しているではありませんか!騙しのうまい、今までの毒キノコとはあまりにも違う、みるからに毒々しい、鮮やかなピンク色や、見たこともないような派手な模様を傘にまとった自己主張しているキノコたちが多いようです。
しかも本来、森林の中にひっそりと生きているはずが、日の当たる空港の空き地とか、はたまた首相官邸の庭にまでニョキニョキと生えてきて、まったく、場所を選ばないのが恐ろしい・・・・・。
でも、ここでよーく考えてみると、キノコは「胞子」から成長する「菌類」。
私達人間なんかより、ずっとずっと以前からこの世を見つめ続けてきた生き物。
ひっそりと自分の生き場を守ってきたキノコたちの世界にも、人間達が踏み込み過ぎてしまったのでしょうか?
キノコ達が、「今までのようにひっそりとばかりもしていられない」とこぞって場所を選ばずに出没する姿に、これも何かの警告なのかも知れない・・・・・と何か小さな恐怖を覚える私なのです。

[2005-10-25 10:54] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

おにぎりコロコロ物語

今年も新米の季節がやってきました!と言っても、正直お米の味に特別こだわらない、ただのお米好きの私ですが、お米屋さんの店先やスーパーの棚に「新米入荷しました」という張り紙を見つけると、何だか嬉しくなってしまいます。
パンやそば・パスタなどの麺などが当たり前ように食卓に上るようになった今、周囲にも「3食麺でもいいな」とか「1日1回はパスタを食べたい」等と言う人が多いのです。が、私は「3食ごはんOK派!」。
もちろん、パンもパスタも好きですが、「ごはん」は特別ヒイキしてしまう炭水化物であり、大切な主食なのです。
白いごはんとお味噌汁は、基本中の基本セットとして、ごはんが主役となる「おにぎり」には特に目がありません。
炊飯器から立ち上る「フワッ」としたかぐわしい香りと湯気。しゃもじで、炊き上がったごはんに空気を与え、それをおにぎりにする時といったら、なんとも幸せな気持になります。
「どこかに行きたいな」と思うときのお供は、何と言っても「おにぎり」。
作りたてはもちろん、冷めても味わい深いおにぎりって何て素敵なんでしょう!「好きこそ物の上手なれ」という言葉がありますが、上手かどうかは別として、私はおにぎり作りが大好きな作業です。
今では、何個か作る時、手の平に乗るごはんの量で、だいだい200グラムという平均値が出せるようになり、「おにぎり屋さんになれるかもね~」などと一人自己満足。このように、手の平のぬくもりが残る食べ物っておいしい物なのだろうな、と廃れることの無いおりぎり文化を思ったりもします。
中に入れる「具」も様々な物が合いますし、新しい具で冒険もできる・・・。それも大きな魅力です。
私が好んで使う愛すべき「具」の数々は・・
「昆布の佃煮」・「シャケ」→一度ほぐして少量の醤油でほぐしておくとお米と絡んで食べやすい。「筋子」→これはごはんが冷めてから食すとまた格別!「たらこ」・「おかか」→醤油に少しだけ砂糖を入れてなじませるとしっとり感が増して美味。「梅干」。そして握ったおにぎりにくるりっと巻く海苔の香ばしさで完成!その他、市販のワカメごはんに白ゴマを混ぜたり、鳥そぼろといり卵を混ぜたごはんで握ったり、と大分バリエーションも増えました。
また、焼きおにぎりも一工夫します。両面をこんがり焼いて、醤油とみりんを刷毛で塗ったものにプラスしておろし生姜を混ぜ込むと、何と爽やかな味でびっくりする位おいしいのです。
何だか、おにぎり教室みたいになってしまいましたが、シンプルな素材だけに
作る人それぞれのちょっとした工夫が十分に生かされる、日本人には欠かせない、チカラの素のように思います。
今は、コンビニにもたくさんの種類のおにぎりが並んでいます。
ところが私は、このおにぎりがいまいち苦手。お昼休みにお昼を簡単に済ませようと思う時に買う事もたまにあります。味も具も色々あっておいしそうな物もあるのですが、どうも好きになれないのです。その理由は、「握り方がゆるい!」のです。機械で大量生産のため仕方ないと思いますが、あっためてもらったりすると、いざ食べる時にボロボロ崩れるのです!それが許せず、「変わりに肉まんにしよう」という事になり、知らず知らずにカロリーオーバーに陥ってしまいます。コンビニのおにぎり開発の方々には是非、今後、具の工夫も大切ですが崩れないおにぎりを研究願いたいと思います。
何と言っても基本は「手の平」です。

実は、このコラムを書く直前に実際におにぎりを作って食べました。
やはり、美味・・・。ふぅっと満足したごはん好き、おにぎり好きの独り言でした。

[2005-10-20 19:47] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

興味津々!バッグの中身

私達女性にとって、バッグとは切っても切れない関係にあると言っていいでしょう。
今や、ファッションの1つとしてもその地位を確立しているバッグ達。ブランド物からノーブランド物まで、着る服によって持つバッグを替え、まるでアクセサリーのような存在。
ファッション雑誌をめくると、服+靴+バッグがセットになって日々のコーディネイトとして紹介され、「成る程ね!こういう色の服には、このバッグも合うんだな~」と感心。しかし私達は制服着用の会社員。しかも自家用車通勤で、かっこ良くコーディネイトしても見せびらかす(?)場所もないのですね。
ちなみに、同僚の男性社員を見回してみると、ほとんどが決まったブリーフケース(ブランド物もそうでない物もあり)を1つだけ大切に使用しているように見えます。
しかし、私達女性は、ほとんどが通勤バッグと仕事バッグを使い分けています。
何故なら、通勤バッグには本当に様々なものが入っている為、その通勤バッグに書類や計算機など仕事に不可欠な物を入れては、まるでタヌキのお腹のようにパンパンになってしまうのです。
同僚の女性達も、仕事上のバッグは、黒色系の無機質なカチッとした物を使用しています。私が現在使用している黒い書類バッグは、会社に入ってから3代目のものですが、現場にドサッと置いても汚れにくい、なかなか丈夫な「実用一番!」といった物です。それに、お客様や公共の場所に行く時などに、ギラギラブランドのバッグを携えていくのは非常識かな、とも思いますし。(と言っても私がブランドバッグをたくさん持っていると言うわけではありません。何年にか1度、どうしても欲しい時に考え抜いて購入、というパターン。悪しからず・・・)
では、私達の個人バッグの中身はどうなっているのでしょう??島村麻里さんというライターの方が「OLモノ」という著書に中で、『他人のバッグの中身ほど、覗き見たいと思うものはない』というような事を書いていましたが、正直すごくわかる気がします。
だいだいは、財布・携帯電話・化粧ポーチが三種の神器、といったところでしょうか?
それにその人それぞれの「持っていないと不安」な物がプラスされるのですね。私の場合は、三種の神器にブラスして、財布に入りきらないメンバーズカード類や保険証、免許証が入っているポーチ、手帳(依存症の為)、ペンケース、ハンカチ、ティッシュ等がバッグの不可欠な物たちですね。ところが、本来大雑把な性格の為に、あまりマチのあるバッグにすると、バラバラに倒れてしまい、中身がぐちゃぐちゃになっている事があります。
逆に、たまに小さ目の斜め掛けバッグを購入すると、その中に何をチョイスして入れていくかで、すごく悩んでしまったりもします。
更に、ここでこっそりバラしてしまうと、私と交代でコラムを書いている「私・2」の彼女は、いつも大きめサイズのバッグにダイナミックに物を詰め込み、大切な財布が今にも落っこちそうになっている事がよくありました。また、親友は「びっくり箱」のように色んな物を詰め込んでは、時々思い出したように整理を始めるのですが、「見やすくて良い」という理由で、化粧品や、子どものおやつを「ジップロック」という開閉できるビニール製の袋に入れているのが笑えます。かと思うと別の友人は、逆に小さなアクセサリーポーチばかりを愛用し、「財布と携帯しか入らないのよね!」と言いながら、その小さなバッグをかわいく振って歩くのです。(しかも何種類も持っている。)
このように、自分の必要最小限・あるいは最大限の物を詰め込み、今日も私達女性は愛用バッグを持ちながら、それぞれの目的の場所へと急ぐのです。
さあ、大切な中身が倒れてぐちゃぐちゃにならないような素敵なバッグを買おうかな、などとこっそり目論む夜更けなのでした。

[2005-10-13 09:34] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]

香り・匂い・臭い?

童謡に「?~(略)~お母さんっていい匂い、洗濯している匂いでしょ?卵焼きの匂いでしょ?」というフレーズの歌がありますね。このように、人間には柔らかく、あったかい匂いを感じるやさしさがあるなぁ、と思うのです。微妙な匂いで、その嗅覚が研ぎ澄まされていく感じ。生活や自然が生み出す柔らかい匂い・・・特に日本にはたくさんあるような気がしますね。微かに漂う心地よい匂い、香りに抱かれているとなんとも言えず幸せな気持ちにもなります。この「微かに漂う匂い」というのが、心地良くなるミソなのではないかと思うのです。

香水についても同じ事が言えます。今、ショップの香水売り場に行くと物凄い数の香水がきらびやかなボトルと共に陳列されていて、眺めているだけでうっとりしてしまう程・・・。そしてそこには、香水毎に有名芸能人が愛用しているという肩書きがあるのです。(どこまで本当かは不明ですが)一つ一つのテスター用紙を鼻に近づけると、フムフムなるほど!あの人はこんな香りが好みなのか。えっ!これって決していい香りではないのに・・・。趣味悪い!など結構楽しめるものです。ほとんどが海外ブランドの香水で、あちらの外人の方の大柄な体格とその香りを吸い込む肌質には合うのかもしれませんが、あまり体臭のないと言われている我々日本人には少々きつすぎる香りが多いように感じるのも事実。

そういえば、懐かしき響き「バブルの時代」は「ポワゾン」というその名も見た目も扇情的な香水が爆発的にヒットしたことがあったようです。(ようです、というのは私の周囲には愛用者がいなかったので、主に都会での話かな?)その香水は、その名にふさわしくセクシーな女性が、夜に男性にアピールする時をイメージしている情熱的な香りなのです。しかしそれを、その時代の派手なOLの方々が、朝のオフィスで大量に身にまとい平気で仕事をしていたというのです。一日に何度も吹き付けて!きっと周囲の人々は「公害だぁ、助けてぇ!」と内心悲鳴をあげていたと思うのです。さすがに最近はそこまで香水公害はないと思うのですが、「んっ?」と思わず眉をしかめる香りがあるのも事実です。香水にもTPOが大切。美味しい物を食べようとするレストラン、病院など香水が「邪魔」な所もたくさんあるのですから、愛用者は少しだけ考えなくてはいけませんよね。素敵な香りを付けている人には「これいいね、何ていうの?」と聞けるのですが、その反対の場合、なかなか聞けないし、言えないのがつらい。特に香りの好みというのは、ごく個人的なものですから「微かに漂う」という心地よさばかりではないのが大変です。かくいう私も数年来愛用の香水があり、それ以外には手を出さないのです。私がその香水を好きになった理由は「朝に嗅いでもやさしい点」と「あまりきつくない香りである事」と「お風呂に入った時に香りが変わり気持ちが良い点」です。夜、お風呂に入った時に、肌にまだ残っていた香りがお湯の中で微妙に揮発して、香りが変化して立ち上がり、すごくいい気持ちになるのです。そんな時に微かな幸せを感じる私。んっ?でも待てよ。私にとってこの「良い香り」も他の人にとっては眉をしかめる「臭い」になっていないのかな?香水は自己満足である最たるもの・・・。やはり周囲には他人がたくさんいるのだということを頭に置いて愛用していかなくては。心地よいのは「微かに漂う匂い」であることを忘れずに・・・・。

[2005-10-11 15:42] [午後11:00のホワイトムーン] [Comments (0) ]