さて、ここ最近この手のご当地もの?が流行りで、番組や雑誌などで紹介されるので、その影響で
“お取り寄せ”なるものも好評なのではないかと推測する。
ポテトチップスやぷっちょ等など、ご当地ものが次々と発売されており、新しいもの好き(食べ物)の
我が家は、季節限定九州○○味、沖縄○○味など見ると買わずにいられない…。
私のまわりの友人も珍し物好きが多く、先日はシベールさんのネット限定ラスク(ラスクの切れはしに
ホワイトチョコをコーティングしたもの)を頂いた。
ラスク自体は甘い定番のものやのりしお味?など、あくまでも端っこ部分なので、種類はバラバラ。
そのため、純粋に定番+αかと思うと、次に手にしたのはチョコの甘さにラスクがしょっぱいものであったり、色々な味が楽しめてお得感がある。
お陰で私は、この季節どうしても食べたくなる、北海道のロイズのポテトチップスチョコをお取り寄せしなくても満足出来た。
(ごちそう様!)
この“お取り寄せ”の流行りのせいで、我が家では大会等の遠征で県外に出ると、S・Aでその土地ならではのもの
…お土産用に販売されているものではなく、<純粋にその土地の方々が食しているもの>を探すのが癖になってしまった。
誰もがお土産用の大々的に宣伝されている商品を買う中で、パッケージもしぶく、地元では支持されているが、県人以外からは???の物を探す訳だ。
これが結構楽しい。
売れているからと言って、万人向けとは限らないので「美味しかった~」と感動するか、「何コレ?…」と言葉を失うかどちらかなのだが…。
先日、街の中心に新しくオープンしたスーパーに出掛けた。
私の住む町に本社があり、山形にも店舗数を増やしているあのスーパー。
初めて行ってびっくりした!
何がって、他の店舗とは明らかに品揃えが違うのだ。
比較的セレブ?な人が多く住むこの店舗ならでは。
チョコレート1つにとっても、スーパーにはなかなか置いてない輸入物の贅沢なチョコレートや、お煎餅も高級な量より質にこだわった
もの。
とにかく普通のスーパーでは見たことの無い物が多い。
ご当地物も多く、本来ならお取り寄せしなければ買えない品々が普通に売り場にならんでいる。
その中で、写真のソーセージ見つけました!(栃木のレモン牛乳も有名になりましたよね)
お味は?って?
怖くて買えませんでした…レモン牛乳も私には微妙だったので。
それからこの店舗、“全国からあなたの気になるもの、お取り寄せ致します“だそうだ。
スーパーも差別化が大切なのね。
というか、我が家のようなわがままな家族の“ツボ”を知ってるってわけか…脱帽!
とにかく天気予報でも“雪だるま“のマークが多い今日このごろ。
スキー場情報はどこでも当然“滑走可能”で、積雪なんて2m超えは当たり前…。
暖房器具ばかりか、スキーやスノーボードも今年はバカ売れなんだろうな~。
さて、例年に比べて何が違うって、ここ1ケ月、娘の外出靴はいつでも“長靴”。
息子のお下がりのしぶ~い色の長靴をせっせと履いている。
この土地に来て、娘がこんなに頻繁に長靴を履いているのを見た事が無い。
息子と違って履いている物を汚さない娘は、例年真冬でもほとんど汚れのない綺麗なスニーカーを履いている。
お下がり渋い長靴も、実はこれまでほとんど出番が無かった。
これまで冬の寒い時には、ブーツを履かせれば良かったのだ。
でも今年は違う。
積雪にはやっぱり長靴でないと…。
長靴にスキー用の手袋、毛糸の帽子姿で娘は嬉しそうに登校している。
先日、ニュースで一晩で降り積もった雪の為、何週間も停電になった町の事が取り上げられていた。
夏ならば、停電でも水さえ確保出来れば何とかなりそうな気もするが、冬場の停電は想像を絶する。
今や、ヒーターやエアコンを使用するにも、ガス給湯器を使用するにもとにかく電気が必要だからだ。
オール電化が普及している今では、電気が無ければ何も出来ない家庭も多い。
テレビの中の家族も、“この寒さの中、暖をとれないのが何より辛い“と語っていた。
電気を当てに出来ない非常時の頼りは、やはり“反射式のストーブ”だろう。
「200年問題」の際、年越し時に最も売れたあのストーブ。
灯油さえ入っていれば、ボタン一つで着火OK!
今や雪国でさえ?あまり見なくなったが、電気に頼ることなく活躍してくれる反射式ストーブは冬場の非常時には欠く事の出来ない代物だ。
(しかし、実際は2000年問題の際購入した友人は、一度も封を開けたことがないそうだ)
本当に必要な時に活躍するのは、不思議な事に、昔からあまり進化せず残っているものが多い。
私なども新しい物が手に入ると、古い物はすぐ捨てたくなる。
悪い癖だ…。
“これからは捨てる前にもう一度よく考えよう“そう思う。
ちなみに…
一般的に使用する場合、言うまでもないが、反射式ストーブよりファンヒーターの方が使い勝手が良い。
安全面から見ても…。
反射式ストーブを知らない我が娘は、旅行先の売店に置いてあったストーブの上部に手を置き、掌一面大やけどした。
見たこともない物は怖さも分からないのだ。
小さいおこさんのいらっしゃるお宅は、十分お気をつけくださいますよう…。
家電ショップはこの寒さのお陰で嬉しい悲鳴を上げているそうだ。
ヒーターが飛ぶように売れ、入荷が間に合わないので、すぐに使用出来る電気ストーブが人気とか。
我が家でも昨年まで全く使用しないで眠っていたものが、実は今年大活躍している。
程良く温めた部屋で就寝する夫と子供達とは別に、冷えた?部屋で首まで布団にくるまって眠るのが日課の私に、今年の冬は結構こたえる。
最初は電気毛布を使用してみた。
直前まで温めておくと、布団に入った瞬間のふわっとした温かさが何とも言えず快適。
しかし、良かったのは1日2日くらい。
風邪の咳が抜け切れていなかった身体に、強制的に身体を温めるお陰で体温調節が自分では出来なくなるらしく、夜中に咳が止まらなくなるようになってしまった。
危機感を感じて早々に電気毛布は却下。
しばらく何にも使わず過したが、もともと冬の食品庫に使用しているような部屋なので、寒くて居てもたってもいられなくなった。
そんな時、ぴぴっときた…。
何年か前にドラッグストアの景品にもらった、普通の半分の大きさ程の湯たんぽ!
なぜか捨てられず、かと言って使われる事もなく、袋に入ったままの状態で保管していた湯たんぽをようやく探す。
その晩、およそ30以上ぶりに(ほら、年がバレる)湯たんぽを使用してみた…。
…………
何と快適なこと!。
景品だからと言ってバカにしちゃいけない。
最初はとても温かく、朝方少し中のお湯がぬるめになった頃には身体はポカポカ…。
ただでもらった景品だが、小さくても立派に役に立っている。
昔のと違って、最近のは機能性も優れている。
正しく“ファイトーイッパーツ”だ。(よく意味がわからない)
何でも最新式が良いとは限らない。
この間書いた i Pad も身近に使用している人がいるのだが、何度見ていても“欲しい”と思えないし、“使い勝手が良さそう”とも思えない。
“行き先がよくわからないから“と言った友人に、i padを開いてくれた人がいたのだが、地図を開いた私の方がよっぽど早かった。
→(愛用者の方ごめんなさい))
“アナログ世代“だからと言われればそれまでなのだが、どんなに世の中が進歩しても、本当にそれが自分にとって必要であるのか…見極められる目をいつでも持っていたいとつくづく思うこの頃。
記憶に新しいところで、昨年の5月28日、世界9ケ国で発売された“iPad“がある。
アップル社で発売されたタブレット型(タッチパネル式)コンピュータ。
価格的には(昔のコンピュータの金額を考えれば)決して手の届かない金額ではない。
あるいは持ってる人が近くに大勢いるかも?
難しい内容はさておき、私が注目したのはiPadの1つの機能である電子書籍を購読出来るということ。
今の時点で60万冊の購読が可能だというから驚き…。
ダウンロードした本は本棚に並べてあるように保管出来、見る時は紙の本のページを広げた様に読める。
自分の見やすいようにフォントも選べるらしい。
(私なら明朝よりゴシックだな?)
もう本の起き場所に悩む必要が無くなる日も近い。
一方で、今の大人達が子供の頃読んだマンガの本の復刻版が流行っている。
昔の通常のマンガの本を小さくした文庫サイズで、廉価でまとめ買いしやすいのが売り。
我が家でも、この文庫シリーズが幅を利かせている。
復刻版だからと言って大人が読んでいる訳ではなく、もっぱら読んでいるのは子供達だ。
特に息子は絵を描くのが好きなので、動きのある絵を書く時にマンガの本を参考にする
らしく、特に“キン肉まん“がお気に入りのようだ。
私も子供の頃はマンガの本が大好きで、勉強机の上の棚はマンガの本がずら~っと並んでいた。
若干息子と読み方が違う?のは、私の場合、1つのマンガの本を繰り返し読んだという記憶はあまりない。
だが、息子は同じマンガの本を何度も何度も開く。
あの動きはこの刊、あれはここ、と覚えているらしく、そういう意味では私に子供の頃に買われた本
より、息子に買われたマンガの本の方が幸せかも知れない。
おまけに几帳面な息子は、1つ1つの本をとても大切にしている。
もし、こっそり妹が見て、折り曲げた跡なんかあろうものなら大変…血を見る事になる。
置き場所に困らず、必要な時に必要な本を見る事が出来るコンピュータのiPad。
起き場所を必要とし、それでも郷愁さえ感じる紙ベースのマンガの本。
「iPadの出現は、出版界には大打撃」とも言われ、今の子供達が大人になる頃にはiPadのような電子書籍
はもっともっと普及されているだろうが、マンガの本はきっとなくならないだろうと思う。
少なくとも、我が家の子供達を見ていれば…。
ただ、問題はやはり起き場所だ…。
それでなくとも狭いマンション住まいの我が家。
今や本棚もこの狭い空間に3つある。
その2つはマンガの本。
息子が将来マンガ家になってくれる…というのであれば話は別だが。
今から10年位前までは、美術館や観光地、デパートやショッピングセンター等へ行くと、真っ先に便せん・封筒・ハガキが並ぶ売り場を探した。
お気に入りの一品を見つける為だ。
結構こだわりがあって、まずは罫線が書かれている事が絶対の条件。
その罫線も間隔にまたこだわりがある。
私の字は比較的大きく、男字?なので、間隔が狭いと窮屈に見え広すぎるとバランスが悪く見える。
決して上手いとは言えない自分の字を、多少でも見栄え良くする為に吟味して選んだものだった。
勿論、購入した品々はただのコレクションにするのでは無く、機会があるごとに相手の顔を思い浮かべ、その時々の状況に合わせて用紙を選び手紙を書く。
たくさんある便箋と封筒の中でも、気に入ったものは当然減りが早く、全く同じものを探しては買い足した物もあった。
今見ると、同じ品物が2つあると、その時の好みが分かってちょっと面白い。
そんな私が、久しく手紙を書いていない…。
パソコンと携帯電話が当たり前になってから、メールの手軽さに気付けば必要な時は当たり前の様にメールになっていた。
もともと長電話の苦手な私は、電話でなら簡単な内容もメールで済ます。
必要な事を必要なだけ?書けば良いので、私には持って来いの代物なのだ。
気付くと、あんなに手紙を書いていたのに、手書きで書くのは年賀状のあて名位になっていた。
先日、知人とトラブルになった。
原因が分からず、会っても完全に無視されるので、原因は皆目見当も付かない。
ある時またもやメールで“原因は何なの?”と問いかけた。
それから延々とメールでのケンカ…(苦笑)
仕舞いには“もう寝るので”と一方的に(通信を?)切られた。
他人を介して聞いたところによると、元々の原因は、私の送ったメールの内容を、相手が勘違いして解釈した事が原因だったようだ。
“メールでは本当に伝えたい事は何も伝わらない。
言葉の使い方によっては、良いようにも悪いようにも伝わる”夫にそう言われた。
伝えたい事がなかなか伝わらない。
その不自由さこどが実は大事なのだ。
不自由さを埋める為の、生の言葉であったり手書きの手紙であったりが…。
今年の年賀状。
あて名さえも実はパソコンで…と思っている自分に気付いた。
気を取り直して、やはりあて名位は手書きにしようと思う。
自己満足にしか過ぎないと分かっていても…。
↑
レターセットの中でも、真っ白バージョンは特に大切。
シンプルが故にデザインにも気を使う。
気付くと、白はほとんど型押しのきれいな物を選んでいる。
早速一番ひどい奥歯から。
麻酔を使ったので、治療そのものの痛みは全く無い。
ガリガリと削る音が響く位か…。
後は先生にお任せするのみ。
ただひたすら口を開ける。
私の場合、この口を開ける作業が結構大変なのだ。
普段から(誰でもそうだと思うが)開け慣れていないので、時間の経過と共に当然疲れて小さくなってくる。
元来、ヘンな所で相手に気を使う私は、“口をもっと大きくあいて”と言わせるのが申し訳なく、サービス精神?でとにかく口を開ける事に集中する。
ところがこの日、治療はなかなか終わらなかった…。
普段もの静かな先生が、何度も首をかしげ時折“ふん”と力を入れる。
その度、口が小さいきあらやりにくいとか?等と余計な心配をしてさらに口を大きく開けて頑張る。
結局、1時間半開けっぱなしで頑張った。
全て終了して一番心配になったのは、“口がはたして普通に閉まるのか???“という事。
真剣に顎が外れた…と思った位、口が動かなかったからだ。
歯科医は、私の歯の根元は極端に曲がっており、根っこの治療に途惑ったと説明した。
後日、歯科医の妻である友人から“苦しい痛い、辛いは普通に言っていいの!!“と笑われた。
(友人の夫は優秀な歯科医だが、親しすぎるゆえに家族の中で私だけは違う歯科医院に通院している)
翌日、朝起きてみるとどこかおかしい…。
口が痛くて開かない…。
鏡を見ると、強く引っ張られすぎて口元が切れてしまったようだ。
お陰で指2本位しか開けられなくなってしまった。
もう1つ、長時間エアコンの下で口を開けていたせいで喉を痛めてしまい、それがもとで風邪をひき、いまだに咳と喉の痛みがおさまらない。
あれから1週間、明日は次の診察日だ……。
]]>我が家のクリスマスシーズンは、まず玄関回りの飾り付けから始まる。
時期は全く決めていない。
ある日突然、思いつき!
ただ、1年に1回しか使用しない物なので、ツリー以下、クリスマス様の飾りはひとまとめにして、
マンションのトランクルームに仕舞ってある。
カギがかかった扉を2つ開けた先にあるので、取りに行く日はなぜか“晴れた日”と決まっている。
今年もまた子供達の目に入る玄関の部分から飾り付けを始めた。
1日目はそれだけで十分。
学校から帰ってきた子供達の“うわ~今年もクリスマスだ!”の弾んだ声でまず満足。
廊下を走ってきてリビングのドアを開け、“何だ、まだツリーは出てないの?”でひと笑い。
“ママ、ツリーは絶対一人で飾らないでよ!
私が一緒に飾るんだから!”
これ、娘の十八番(おはこ)。
この日から、翌日は子供部屋、水回り、そしてリビングへ…。毎日少しずつ飾り付けていく。
リビングがすっかりクリスマスの飾りでいっぱいになる頃、ようやくツリーの出番。

ツリーも毎年同じ飾りじゃつまらない。
最近はその年のテーマ色を決める事にしている。
今年は“赤とピンク”。
昨年のクリスマスの終わりの頃に、セールで半額になったピンク系色の飾りをいくつか購入していおいた。
シーズン中は高価な物も、この時期になると50%~70%位になる。
良い物を安く購入し、良く年のシーズンまで寝かせる。
これも我が家流。
そう思うと、実は去年から1年がかりのしかけ?だ。
赤色のリボンと購入したピンク色の飾りを中心に、アクセントにシルバーを使う。
飾りはひととおおり並べ、まずは娘に好きなように飾らせる。
ただ“クリスマスツリーを飾る“それだけなのに、娘はとにかくこの“仕事“が大好き。
この時ばかりは私は手をかさず、最後まで娘の思うように…。
(但し、翌日手直しをこそっとやる)
電球を飾るのは唯一の私の仕事。
電球もただ飾れば良いというのでは無い。
時間差で付く場所が偏っていたりすると、照明を暗くした時に片側半分が一緒に暗くなり、また半分が一緒に付く…なんてバランスの悪い事も起こりうるからだ。
電球が付いた時にバランス良くあちこちが点灯するように出来上がれば完璧!
これで、クリスマスの準備はOK。
後はクリスマスを待つのみだ。
パーティー当日までに、ゆっくりとメニューやパーティーの内容を考えよう…。
皆さんも最高のクリスマスを迎えられますように…。
しかし、毎回、ほんとに毎回、この日ばかりは“年をとった!!”という驚愕の事実に直面する時が私にはある。
車の免許証の更新の時だ。
正確には更新された免許証の写真を見たその時。
不思議と…、毎度必ず年をとっている。(実は当たり前の話)
なぜ、そこまではっきりと気付くかというと、私の場合、切れた免許証も記念の為、頂いて来る。
決めごとにしている訳ではないが、新しい免許証を手にする度、歴史を見るように、免許証を取得した20代からの写真を順を追って見て行く…いや、見てしまう。
そこで、はっとする訳なのだ。“あっまた、また年をとっている”
これは1つには、年々免許センターのカメラの性能が上がっているというのもきっと理由にある。
私が車の免許を取った時代のカメラの技術は、ありがたい事に、そう大した事が無かった。
若さだけで、結構ピチピチ?キラキラ?に写ったものだ。
ところが、今ときたら、しわの1本1本、肌の衰え、髪の毛の1本の乱れさえ、はっきりと写し出す…
今回、万全に整えていった筈の私は、写真撮影前に、多少大きめだったピアスを外すよう言われ、外したはいいが、髪の毛を直す間もなくパチリとやられた…。
お陰で、お肌以前の問題で、髪の毛が乱れたまま、不意をつかれた表情そのままで写る結果となった。
今度も新しい免許証を手に、溜息をつきつつ免許センターを後にした…
そういえば…
今回、期限の切れた免許証を頂くのを忘れてしまった!
もしかすると、犯罪防止、個人情報云々の為もう頂けないのかも?
まっいいか…
次に“歴史を紐梳く”事も無くなるかも…。
我が家でも、何を隠そう?
最近弁当を持参する…もとい、私が弁当を作る機会が増えている。
そう、子供達のスポ少のせいだ。
スポ少によっては、“絶対手作り弁当”にこだわっている所も多いそうで、バレーボールのスポ少に子供が入っている友人は、大会のたびに弁当を作っている。
我が家はというと、それに比べればまだ楽な方。
息子達のスポ少では、保護者(母親)のほとんどが仕事をしているので、“臨機応変!楽できる時は楽しよう“がモットー。
公式戦の大会では事前に弁当の注文を取り、業者に発注する。
しかし、我が家の子供達が入っているスポ少は公式戦ではなく、それ以外の“交流戦”も多いのだ。
交流戦の時は弁当持参が基本なので、気づくと私は年中弁当を作っている…。
それも息子に娘に、最近何を血迷ったかコーチになってしまった夫の分と私の分。
毎回合わせて4個!!!
以前にも書いた事があるが、私の場合弁当作りは苦手部門の1つ。
もともと細かい仕事(?)が苦手なので、色とりどりの美味しそうな弁当を作るという、“繊細なお仕事“はおよそ私の性格に合っていないのだ。
弁当作製が得意という人は、繊細で芸術的センスがきっと優れていると思う。
多分、私に弁当作りのコツを教えてくれた主婦1もきっと…(?)
しかし、苦手などと言っていられないのも事実。
作らないで買って持参する人も中にはいるが、我が家の場合
500円の弁当だとして、×4人前で2,000円。
交流戦が2日も続くとそれだけで4、000円の出費。
何より、(多少あっても何の得にもならない、若干のプライドがある
私は…)家族全員分を、“毎回作らずに買って行く“なんてのはあり得ない!
先日、「4人分の弁当作りが3日続く!」と妹に愚痴ったところ、こう言われた…
「でもお姉ちゃんの場合、きっと根性で作るよね。作らないでいられないでしょ?」
さすが妹!私の性格を読んでいる。
今週末も弁当持参だ…。
重箱にまとめて作れればそれだけで多少楽なのだが、
レギュラーチームの息子
ジュニアチームの娘
コーチの夫
保護者組の私
食べるタイミングも場所も違うので、結局毎度弁当4つ。
お陰で最近は下準備も手際も速くなってきた?!
ところで、毎度の手作り弁当…
有難味はわかっているのか?!
先日の事である。
息子が突然言った。
“今日、廊下を歩いていて、ガラスに写った自分を見たら…
まわりの友達に比べてすごく身長が小さくてびっくりした“
正直、“今ようやく気付いたのか息子よ”と私も思ったが、こういう問題はデリケートだ。
思っただけで口にするのを止めた。
息子に言われなくてもよく分かっていた。
卒業式も迫った3月の鼓笛隊の移杖式の日に私も感じてきたからだ。
10/1の確率の合格と言う厳しいテストに苦労してパスし、ようやく手に入れた小太鼓の座(?)。
音楽音痴の息子が、枕元にステッキを置いて寝る間際も起きてすぐにも練習して合格した小太鼓担当。
どれだけの思いで小太鼓になったか知っていた夫は午前中有給を取って式に出かけた。
式の内容はさておき…
驚いたのは子供達の成長ぶり。
1年生から見てきた息子のクラスメイト達がみんな大人になっている!
身体はもちろん、表情まで…。
息子より小さかったはずのAくんも同じ位だったBくんも
み~んな息子を追い抜き!しっかり成長している。
それに比べて我が家の息子ときたら…。
この日、新品のビデオ持参で出かけたが、夫のビデオに息子の顔がはっきり写っているものは1つも無かった。
身長の高い子たちに埋もれた息子はあまりに小さく…ビデオに写る事が出来なかったのである。
今の時代。子供の成長は心も体も速い。
先日、同じクラスの子供がネットカフェでHな動画を見ていたと問題になった。
学校のジャージ姿を見ても、体操着に運動帽がおよそ似つかわしくない児童も多い。
昨晩、またもや息子が呟いた。
“ねえ、僕はあんまり急に大人にならなくてもいいよね…”
深く聞かなかったが、まわりの友達の成長ぶりに見た目も(心も?)子供な息子が戸惑っている様子。
“息子よ…大丈夫。君も身長も伸びて、心も身体も大人になる日は来るから…
そう遠くない近いうちに…“
オマケ・・・一度枯れてしまった観葉植物に双葉が!「テーマ 成長」
先日懐かしいキヤラクターの~全面広告を見つけた。
ヤクルト“ミルミル”の広告だ。あの、ケバケバしい?程のグリーンと赤のパッケージもそのまま、粘土で作ったような怪しげな?キャラクターも健在。
嬉しくなって思わず写真におさめた…。
彼ら(キャラクター)は子供の頃の私にとって救世主だったからだ。
小学生だった頃、私はヤクルトの苦手な子供だった。
小学校で給食に出る“ヤクルトもどき”も、毎回飲まないで友達にあげていたし、今思うと乳酸菌の独特な香り?
すっぱさが苦手の理由だったかも知れない。
今のように、運転免許を当たり前に誰もが持っていた頃とは違い、どの家庭も気軽に買い物に出かけられるものでは無かった。
我が家も母が免許を持って居なかったし、近くのスーパーまでは自転車で行くにしても結構な距離があった。
その為、牛乳とヤクルトは自宅に届けてもらっていた。
毎度、無理矢理飲まされるヤクルトはどんなに苦痛だった事か!
そんな時、1978年に誕生したのがミルミル!
ヤクルトの代用品として我が家で購入する事になったのは言うまでも無い。
ほんとに“ミルミル”に感謝したものだ。(感謝するのはヤクルト社さんにだ)
←ミルミル♪
復刻して知ったのだが、ミルミルのキャラクターには名前があった。
オレンジ色のミルママに黄緑色のミルパパ。
私的にはこの2人のイメージが強いのだが、二人には子供がいた。
二人に挟まれた白い男の子ミルーノ。
色のイメージだけで判断したが、どうやらこのミルーノが主役?だったらしい。
その他に音楽家や産婆よろず屋など、個性的なキャラクターが揃っていた。(らしい)
発売当時は乳幼児に飲んでほしいと、ミルクのイメージから“ミルミル”と付けたが、その後商品名“ビフィーネ”に取って代わりあえなく引退しかし、(長寿社会の現代に合わせ?)中高年の方にも幅広く飲んで欲しい…とミルミルを復刻させたそうだ。
知らなかったが引退するまでにパッケージも3度変わっていたんだとか…。
よくよく考えてみると…
当時“ミルミル世代だった“、今の中高年世代!=(イコール)まさしく私世代をターゲットしたものだったのね。
ヤクルトさんも売り方がうまい!
さて、夫が職場に来てくれるヤクルトさんから購入するようになって、我が家の冷蔵庫には常にミルミルがある。
味もすっかり復刻した訳ではないと思うので、飲んでみれば今の時代にあわせて味も進化しているだろう。…だろう…というのは?
復刻してから私は一度も飲んだ事が無いのだ。飲もうと思うと1本も無い…。
育ち盛りの(さっぱり身長は育たないが)子供達がいるのだから仕方あるまい。
ヤクルトさん…ターゲットの中高年が飲むのは至難の業です…
父が逝ってもう7年になる。
葬儀の日は桜が花吹雪のように散っていて、
その花吹雪の中を走る車の中で、父と最後にした約束を繰り返し思い出し涙が止まらなかった。
“病院から戻ったら、馬見ケ崎河原で花見をしながらだんごを食べよう“
先日、建て替えの為の歌舞伎座の「さよなら公演」を見に東京へ出かけた。
母と妹の付き添い(?)である。
子供達が生まれてから…いや、結婚してから、母と妹と出かける機会は全く無く、何十年は大袈裟でもおそらくは15年以上ぶりだった事は間違いない。
歌舞伎座の前に前回立った時は父が一緒だった。
歌舞伎を見に来た訳では無かったが、家族旅行で東京に来た際、ホテルが近かった為
歩くのが好きな父に付きあって歌舞伎座を眺め、有楽町駅まで延々と歩いた。
あれ以来の歌舞伎座。
父の命日の次の日という事もあり、何となく不思議な感じがした。
121年という長い時間、歴史を刻んできた歌舞伎座は、3年間休場し、2013年には新たに生まれ変わる。
今の建物を一部残し、高層ビルになるという。
この次にここに来た時、また父との思い出の歌舞伎座の姿はあるだろうか…。
皆さんも知ってのとおり、ここ何年か、日本の子供達の学力低下は問題になっていた。
そりゃそうだ…。
私達が子供の頃は、“週休2日“なんて今では当たり前に言われる言葉も無く、小中学校は土曜日も授業があったのだから。
毎週土曜日4時間分(半日としても)×4週×12ケ月 単純に考えてもこの分の授業が無いわけだから、学力が低下しても不思議じゃない。
ゆとり教育といって土曜日も完全休日にしてみたが、学力低下でゆとり教育撤廃。
振り回される?親も子供も学校も!たまったもんじゃない。
さて、実際、今年度からどれだけ授業数が増えるのか?
6年生だけをみれば、算数5時間、理科3時間、体育2.6時間。
えっ?とお思いでしょう。
そう数字にしてみると大した事がない。
時間にしてみるとほとんど変わらないが、内容が濃いのだ。
指導する現場(教職員)は混乱しているそうだ。
“この内容を、この時間でどうやってこなすのか?!”
一番の被害者は教職員の方々かも。
我が家では今のところ、二人とも英語と算数だけは塾に通っている。
いずれも少数制の塾で、最近、息子の算数に関しては一般的な?
塾から進学塾に変えた。
どちらかというと“外遊び推奨派”の我が家は、特に学習面で力を入れて
いる訳ではないが、分からなくなって授業についていけなくなってから
では遅いと思うので、保険の為に行かせているというのもある。
実際、今の塾通いでどれだけいっている価値があるかというと2つの教科がずば抜けて成績が良いという訳ではないし、本人達も塾のお陰で2つの教科が大好きだという事もない。
ただ、息子に言わせると、塾に行ってるお陰で“英語の時間に先生が言っている事が分かるので、答えるのに戸惑う事はあまり無い“とか“学校の授業でのフォローを算数塾でしてもらえる”
だそうだ。
我が家にはそれだけで十分だ。
昨年からめっきり難しくなった算数に、危機感を持っている息子は塾にも積極的で、最近は(他の習い事のように)得意の“今日は休む”も言わない。
進学塾の良いところは、進学校に合格させてなんぼの物なので、当然ながら子供の“解らない…解けない”には敏感なこと。
1人1人の子供の事もよく見ている。
学校の先生のように、「大丈夫ですよ~授業もちゃんとついていけてますから」なあんてありきたりの言葉はかえってこない。
我が家の息子は「半年前までは積極的に理解しようと努力をしていましたが、最近は考えることを途中で止めてあきらめ、考える前に聞いて解決しようとしています。
特に○○に関しては苦手意識があるらしく、その時にわかっても定期的に同じような問題を出すとまた同じ所でつまずく」と実に明確。
まっ、授業だけではなく全体を見ている学校とは違い、“プロ”だからね。
文部科学省から学校をとおして配布された新学習要項の一番最後には、2重線で囲まれてこうあった。
「心を育む」ための提案○「読み書きそろばん・外遊び」を推奨する ←しかも太字で!
今の時代に逆行?しているようで、不思議な…でも妙に納得した私である。
※写真は、塾に入る息子の後姿。
がんばれ息子よ…
なぜこんなにも幼児虐待が増え続けているのか?!
核家族化の影響が多いと思う。
我が家の場合を振り返ってみると、子もたちが幼児の頃は姑と同居しており、実家も近くで夫婦以外にたくさんの手(目)があった。
私は仕事をしている事もあり、日中ほとんど手をかけてやれない申し訳無さに、ありきたりの言葉だが“可愛くてしょうがない”とは思っても、憎しみや怒りを覚えたなんて事は全く記憶に無い。
そういう意味では、姑や母に今でも私以上に子供達を気にかけてくれる妹に感謝してもしきれない。
保育園で自分の子供のように可愛がってくれ、今でも便りを行来する先生方にもお礼のしようがない。
自分の子供の頃を振り返ってみると、我が家は祖父母と同居はしていなかったが、
ご近所がいつも気にかけてくれており、良い事は誉め、悪い事は叱ってくれる他人が回りにたくさん居た。
お隣の玄関はいつも開きっぱなしで、暑い日は上がり込んでちゃっかりアイスをもらったり、万が一自宅に母がいなくても「お母さん居ないの?じゃ、帰ってくるまでおばちゃん家にいなさい」
という声が常にあった。
子供心にもそうだったから、私の知らないところで
母もきっと回りの人に救われたに違いない。
核家族化がすすむ現代。
望んでも?祖父母と暮らすのは難しい。
まして、自分から近所の他人と関わるのは難しい。
最近、自分の子供達に手がかからなくなって、小さい子供を見ると妙に懐かしく?愛しく思えるようになってきた。同じマンションで小さい子供を持つ親子を見かけると積極的にかかわってみる。
だからといって何の手助けになるとも思っていないが、何かの時に手助けしたりもしかしたら心の救いになれる事があるかも知れない。
そう思うと、私もつくづく「近所のおばちゃん」
になったのだなあ…と思う。
わが身で自覚している息子はまたスポーツを始めた。
サッカーを大人の世界の諸事情で辞めてから1年半…
選んだのはスーパードッチボール。
体育の授業で慣れているのと、学区は違うが車で10分程の小学校で
行われていること、下の娘も出来るスポーツだという事。
何より全国大会まで行った事のあるチームでありながら、
ガチガチの“勝つ為のスポーツ”ではなく、“心と体を鍛える為のスポーツ”
というスポ少としては当たり前の事をモットーとしている点だ。
実際のドッチボールは、一般的に知られるそれとはだいぶ違い、
ルールも難しいしとにかく運動量が多い。
そして大会がとても多い!
反面、まだまだマイナーな競技なので、シューズ1つ買うにも選択肢が無く高額になる。
2日程見学したがすぐに入団を決め、翌日から早速練習に加わった。
以前に入っていたサッカーのスポ少とは違い、基礎練習を重点に指導する事と、
だらだらと5時間も6時間もするのではなく、決められた時間にきちっと
終える事も重要な決め手になった。
お陰で今まで何の予定もなく過ごしていた週末にメリハリが付き、
以前より週末も充実している。
すぐにチームに馴染んでわがもの顔でいる娘と違い、
入団して半年にらろうとも、どこか居心地が悪そうでいまだに言葉も少ない息子だが、
3時間の基礎練習を生き生きとこなしている。
今度は“普通以下”からせめて“普通”に戻れますように…
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